食は「地中海的」に?

Global Health Review 

公開日:2017年5月23日    最終更新日:2017年6月8日

Executive Summary

  • 「地中海食(MedDiet)」はダイエットブームの草分けで、現在 欧米での「健康食」のデフォルトになっています。
  • MedDietに光を当てたのは、動物性脂質の心血管リスクを特定した1966年の7カ国研究で、動物性脂肪・コレステロールを「悪玉」視する風潮に乗り、1980代以後には、”MedDiet”ブランドがはっきりと姿を現しました。
  • MedDietが欧米でブームになったのは、欧米近代を席巻した北ヨーロッパ風の「肉食・バター・ビール」食文化を反省して、南欧(「ヨーロッパのふるさと」ギリシャ・ローマ)ライフスタイルにそった食文化(魚菜食・オリーブオイル・ワイン)を見直す空気が関係していた、ともみられます。MedDietとは「食は地中海的に」という大まかな方向性というべきもので、「定義?」にはなじみません。
  • MedDietは医学的検証が進み、2013年と2015年の二つのランドマークRCT(PREDIMED)によって、心血管疾患・癌リスク低減に対するその効果には相当強いエビデンスがえられました。現在では、MedDietが「よい」ということを証明する段階は過ぎ、「そのなかの何が、なぜいいのか」という問題に焦点が移っています。特に、中心コンポとしてのオリーブオイル・赤ワインの効果の機序、また腸内フローラ・慢性低強度炎症との関連が注目されます。
  • 他方、世紀をまたいで「コレステロール悪玉」説が否定され、さらに 「炭水化物(カーボ:特に砂糖)悪玉」説も強まっており、「肉食か魚菜食か(ローファット)」という軸に、「穀物食か非穀物食か(ローカーボ)」という軸、さらに「加工食品か<自然>食品か」という軸が加わり、「健康食」・「ダイエット」のランドスケープは変容(混乱)してきています。
  • ダイエットの流行の早いアメリカでは、MedDietをおってlow-carb dietが、そして2015年前後からはパレオ(旧石器式:日本で言えばいわば「縄文式」)ダイエット(paleo-diet)が、もてはやされています。
  • MedDietと日本食には「魚菜食的」という共通点がありますが、形だけでまねると、MedDietで大事なのは「地中海的ライフスタイル」だ、ということを忘れてしまう可能性があります。日本では、MedDietやパレオダイエットの考え方と基本コンポを参考にして、個人個人が日本食を作り直してゆけばよいのではないでしょうか。

地中海食(地中海式食習慣:Mediterranean Diet[MedDiet])は、20世紀末から続いているダイエットブームの中心的存在で、 欧米ではすでに「健康食」のデフォルトになっています。しかし、ギリシャ・ローマを文化のふるさとにしていない日本では、MedDietを理解・実行することが難しいのに加え、欧米でさえもMedDietは簡単に「定義」・実行できるものではありません。

このレビューでは、「地中海食MedDietとは何か、それはなぜ、どういいのか」、という問題に歴史とエビデンスからアプローチし、さらにそれは将来もグローバルな食文化のモデルになるのか、日本人はそれをどう取り入れるべきか、ということを考えてみます。

歴史から理解する

MedDietの概念は、アメリカの生理学者のKeysが1960年に行った大規模な疫学研究Seven countries: a multivariate analysis of death and coronary heart disease(「7カ国研究」)に遡ります(1)(2)。この研究でKeysは、地中海沿岸国(特にイタリア・ギリシャ)で心血管疾患(CVD)死亡率がその他の欧米国(米・フィンランド・ユーゴスラビア・オランダ)・日本より低い事を発見し、地中海沿岸部の食習慣をその要因としました。Keys研究はさらに、MedDietで血中コレステロール値が下がる事も示唆し、CVDが死因トップであったアメリカで特に注目が集まり、それは1970年代からほぼ20年続いた「コレステロール・飽和脂肪酸悪玉説」にも助けられて、欧米の「健康食」のデフォルトイメージになりました。

なぜMedDietが再発見・注目されたか、ということには文化的な理由があるともみられます(3)。地中海食は「西欧のふるさと」であるギリシャ・ローマ文化の伝統を受け継ぐもので、そこでの食事のイメージは「魚菜食・オリーブオイル・ワイン」でした。「肉食・バター・ビール」食は、古代ローマ人にとっては「北方の蛮族」の野卑な食べ物だったのです。ローマ帝国滅亡以後MedDietのワイン・オリーブオイルという要素はカトリック教会に受け継がれてゆきました(キリストは「オリーブオイルを注がれたもの」です)が、宗教改革によって近代を主導した新教的な北ヨーロッパ人の間では、「バターと獣肉」が中心価値になってゆきました(「スペイン人にとって北フランスは、驚くべきことにオリーブオイルの代わりにバターが使われる土地だった」ブローデル)。さらに、カトリック教・地中海・ワインという広汎な文化をギリシャ・イタリアと共有するフランスの料理をMedDietと比べて、その最大の違いを簡単にいってしまうと、「バター的かオリーブオイル的か」であることが分かります。MedDietとは、オリーブオイルの香りのする(オリーブオイルが似合う)食事なのです。

これはまた、言い換えればMedDietは、漠然としていて「定義」しにくい、いわば「和食」のようなものとも言えます。現在多くの説明・解説があるなかで(4)(5)(6)(7)、一番良いと思われるものの一つであるMayo Clinicのものでは(8)、それを「菜食的で、バターをオリーブオイルに代え、ハーブを使って、赤身肉を減らし、魚・鶏肉をふやして」とし、「ダイエットのピラミッド(日・週・月に何度くらい食べるか)」を示していますが、その説明の最後(ボトムライン)には、「家族や友達と楽しく食べる、ワインを少々」、そしてさらには「よく運動をする」まで入っています。MedDietとは食事のメニューでなく、「地中海的ライフスタイル」なのです(9)。

何であり何でないか

そこで、漠然としたMedDietは、何と似ていないか、何と似ているか、ととらえてゆくのも面白い方法です。

まず、それと対極に位置するのはアメリカ的な「ジャンクフード・ファーストフード」です。例えばハンバーガーは、バター・挽き牛肉・精白粉の塊であり、野菜は少なく、果物もオリーブオイルもワインもありません。砂糖水(甘味飲料)まで加えれば、完全に「MedDietでないもの」ができあがります。

しかし、MedDietは獣肉を口にしない、という「純粋菜食主義:ビーガン」ではありません。「動物を殺さない」というインド的(?)な発想は、ギリシャ・ローマ人にはありません。他方、「緩めの菜食主義:ベジタリアン」は、もし「バターをオリーブオイルに代える、魚をよく食べる」と変えればMedDietにつながってきます。MedDietは基本的には魚菜食と考えることもできます。

次に、日本でいう「イタリア料理・イタ飯」とMedDietとは、たぶんパスタ・ピザのポジションが違っています。パスタ・ピザはもちろんギリシャ・ローマ時代にも原型がありましたが、日本でイメージするようなものになったはかなり近代に入ってからであり、ナポリ辺りから発祥しているようです。どちらも「小麦粉(穀物)のかたまりの食べ方」と言え、「牛肉のかたまりの食べ方」であるハンバーガーと似ています。しかし、パスタ・ピザは「主食」のように食べられるのではなければ、MedDietのもともとのイメージと反するものではありません。

さらに、「何が入っていれば(いなければ)MedDiet?」という質問をしたとすれば、

必ず入る: オリーブオイル・野菜・果物・魚・ハーブ‐スパイス・パン
かなり入る:ワイン・豆・ナッツ・パスタ
まあ入る: チーズ・ヨーグルト・卵・鶏肉
控え目:  砂糖・精製小麦・獣肉・バター・塩

というようなことになり、特徴的なのは「~は食べてはいけない」「~という調理の仕方はよくない」というような、ネガティブな「ダイエットカルト(ファッド)」に類することがない点です。

いわば、MedDietとは、後に健康性が医学的に再確認されてくるいろいろな要素が、たまたま伝統的にうまくコンビネーションされていた、地中海沿岸地域の普通の人々の食べ物、とでもいうことになります。

そこで、日本でもかなり定着している「地中海レストラン」で提供されるような高級なメニュー(オマール海老や帆立のシーフードプラッターとか、和牛の赤ワイン煮込み、カルネミストなど)は、レストランの「フランス料理」がフランス人の日常食ではないように、地中海沿岸の人々の毎日の食事ではありません。MedDietという考え方には、地産地消・加工食品を避ける、どちらかといえば「粗食」という方向性があります。事実、ギリシャのキヌアサラダ(サラダ)、南イタリアのアクアパッツア(魚の煮込み)やミネストローネ(野菜スープ)、スペインのガスパチョ(オリーブオイル野菜スープ)、南フランスのブイヤベース(寄せ鍋)など、みな「田舎料理」とでもいうもので、日本でも手に入りやすい食材でつくれます。

PREDIMEDというランドマーク

MedDietの効果は、今世紀に入ってスペインで行われ、2013年にNew England Journal of Medicineに掲載されたPREDIMED無作為化比較試験で確定的なものになりました(10)。この試験は7000名以上の中高齢者が参加した膨大なもので、MedDietグループはEVOO(エキストラバージン オリーブオイル)またはナッツを加える群に分けられました。第一の心血管効果検証は、フォローアップ中央値4.8年で有効性が明確に確認されたため早期終結しました。重大心血管イベント(心筋梗塞・脳卒中・およびそれら等による死亡)のリスクは30%も低下していました。同研究はさらにMedDietの乳がんリスクに対する解析も発表し、EVOOを摂った群ではなんと乳がんリスクが70%も下がる、という衝撃的な結果を報告しました(11)。この試験はスペインの国家的プロジェクトとして行われたもののようで、EVOO摂取群には上質のEVOOが週1リットル無償で提供される、という画期的なものです。対照群の人々も基本的には普通のスペイン人の食事をすることが許されており、PREDIMEDの結果は相当程度EVOOに帰せられる可能性もあります。同研究からはさらに同年にMedDiet(特にEVOO)が高齢者の認知機能維持・改善にもよい、という結果が発表されており(12)、MedDietの効果を確立するランドマーク研究となりました。

このPREDIMEDを頂点として、MedDietの有益性に関する研究は今世紀に入ってから特に充実してきています。基本的にはしかし、RCTが少ないこと、心血管系疾患・T2D (2型糖尿病)、そして、そうとう程度肥満に対する有益性報告が多いこと、がんに対する効果では乳がんの他には大腸がんの研究が多いこと、が特徴です(前立腺がん・肺がんへの効果報告もあります)(13)。

しかし一般的に言えば、PREDIMEDによってMedDietは健康(心血管・代謝・がん)によい、ということを証明する段階は終わり、今後はMedDietの何が、どう健康(心血管・代謝・がん)によいのか、ということを追求する段階に入ってゆく、とみられます。

EVOOは初期から欧米での貴重な不飽和脂肪酸源として評価されてきましたが、最近の研究で、飽和脂肪酸の5%をPUFA・MUFAで置き換えると死亡率がそれぞれ27%・13%減ることが確認され(14)、EVOOは(魚のDHA・EPAと同じように)「薬」あるいは「健康サプリ」と捉えるほうがよくなったかもしれません。最もオレイン酸含有比率の高いEVOOを魚食と組み合わせる、というMedDietは、欧米での脂質の摂り方にひとつの鍵をあたえたものとみることもできます(15)(16)。 また、すでにEVOO・ワイン中のポリフェノールの抗酸化作用には多くの論文がありますが、両者とも未知の微量有益成分がある、あるいは、既知の様々な成分の組み合わせが未知の作用をしている可能性もあり、魅力的な研究主題です。

さらに、最も新しい研究トレンドになっているのは、MedDietやその成分の腸内フローラに代表されるマイクロバイオ―タ(遺伝子的にみればマイクロバイオーム)への作用です。スペインからの2016の論文は、2年間のMedDietを摂ると腸内フローラにはっきりした変化( Bacteroides類・ Eubacterium類・ Lactobacillus類が増えて Parabacteroides distasonis・Bacteroides thetaiotaomicron・Faecalibacterium prausnitzii等が減る)が現れることを遺伝子レベルで示しました(17)。イタリアからはMedDietの腸マイクロバイオ―タ・メタボローム改善効果を示唆する論文も出ています(18)が、このあたりは近い将来何がとびだすか分からないエキサイティングな領域といえます。

慢性低強度炎症 (CLGI) をおさえる

MedDietの何がどうよいのかという問題を、「MedDietが腸内フローラに良いとはどういうことか」というような基本的な問題から考慮する場合の重要な視点は、それが慢性低強度炎症(CLGI)を抑える、という仮説です(19)。この病態概念は現在次第に「メタボリックシンドローム」という症候概念を置き換えつつあり、今のところは血中CRPなどのレベルで表面的に推測されているにすぎませんが、将来画期的な解析手法が現れてくれば、次第にその実体像が明らかになってくる可能性があります。CLGIは漢方の世界でとらえられていた「瘀血(おけつ)」にも似たもので、MedDietは瘀血‐CLGIを抑えると見れば、漢方の「医食同源」と接近してきます。

ローファットかローカーボか

MedDietは90年代には「健康ダイエット」のデフォルトになりましたが、それをダイエットの女王の位置に押し上げたのは、「7カ国研究」による「動物性脂肪はよくない」という、いわば「コレステロール悪者」説でした。言い換えれば、MedDietはまず「ローファット(あるいは植物性のグッドファット)」ダイエットのチャンピオンとして王座についたのです。

しかし、すでにそれ以前の80年代以降には「悪いのはLDL-C(善玉コレステロールHDL-Cもある)」という見方が広まっており、「コレステロール悪玉」説は修正されていました。他方、BMIの概念がテレビにまで広がるような世界的「肥満のパンデミック」の危機感が高まり、現在では、減量や血糖値低下に直接的に有効なのは脂肪制限(ローファット)よりむしろ炭水化物(糖)制限(ローカーボ)である、という考え方が、一定のエビデンスや、また「ダイエット=やせること」という狭い見方にも支えられて、強まってきています(20)。

ローカーボの考え方は、それを大々的に提唱したAtkinsの主導により今世紀初頭にブームとなり、減量やDM食事療法の考え方に大きな影響をあたえました。しかし、「それは行き過ぎだ」という批判も多くきかれるようになり、「ローカーボ問題」は未だ決着がついていません。たとえば、現在の英米のDM食のガイドラインにローカーボの考え方がかなり取り入れられている一方、日本糖尿病学会の2013提言は、ローカーボは「現時点では薦められない」と慎重な態度を示しています。

この問題で忘れられがちなことは、Atkins Diet自体が示しているように、ローカーボとは「正味のカーボnet carbs (血糖値に影響するカーボから食物繊維を引く)」を減らす、ということで、単純に「炭水化物を食べない」ということでなく「食物繊維をよく食べる」、ということを含んでいることです。更に、DM食ではG.I.やG.L.(グリセミックロード)を下げる、という方針がすでに世界的スタンダードとなっており、野菜・果物・豆類・全粒穀物,・ナッツ等は抗肥満・抗DMダイエットのボトムラインになってきています。歴史的にオリジナルなMedDietでのパンやパスタが全粒穀物中心だったかどうか、また地中海の人々が歴史的にどの程度ナッツを摂っていたかは明らかでありませんが、例えばPREDIMEDは「全粒穀・豆・ナッツ・野菜・果物をよく食べる」をMedDietの最初の条件にしており、低GI・食物繊維選好を強く推奨しています。MedDietはローカーボと相性がいい(ローカーボの方向へ修飾できる:例えば食べる穀物量はあまりかえず、全部全粒穀にする)と言えます。

もうひとつの軸

しかし、健康によい、悪い、という総合的な面からみれば、ローファットかローカーボか、ということに加え、もしかすると更に重要かもしれないもうひとつの区別があります。例えば、オリジナルなMedDietやローファットの初期の原則は、動物性の飽和脂肪酸を植物性の不飽和脂肪酸で置き換えることでしたが、90年代からは不飽和であってもトランス脂肪酸は「悪玉」と認定されるにいたりました(21)。また、ローカーボということが単純に炭水化物を食べないということでなく食物繊維や低GIカーボを食べる、ということなら、一番の「悪玉(食べないほうがいい)」カーボは、「純粋な(結晶化した)」カーボのかたまりである砂糖である、ということになります(22)。

トランス脂肪酸や砂糖は、「バーガー・ポテトチップス・甘味飲料水」で象徴できるファーストフード・ジャンクフードのダイエットとしての質の悪さのコアであり、グローバル化時代が同時に肥満のパンデミックの時代である(「飢餓の大陸」アフリカは現在肥満率が30%とも言われます)ことには、グローバルなジャンクフード・ファーストフードのパンデミックが関連している可能性があります。

砂糖の結晶化は高度の農耕文明を前提する化学的大発明であり、砂糖は広い意味では(より製造が簡単だった塩とともに)最も歴史のある食品添加物とみることもできます。一方、トランス脂肪酸は不飽和脂肪酸への水素添加という工業革命後の現代化学の発明の産物であり、現代の加工食品の代表成分の一つです。ファーストフードとは、既存の加工食品・添加物を巧みに廉価に組み合わせて安直に作った食べ物、また特にジャンクフードは、加工・添加された「甘さ」・「舌触りのよさ」・「見栄えのよさ」で消費者を狙いうちにしようとする大量生産の粗悪商品と言えます。砂糖・人工甘味料の過剰消費は肥満・T2Dの一番わかりやすい原因と考えられ、タバコへと同じような砂糖税を制度化する動きが欧米ででてきています(23)。

さらに、現在の食材への環境汚染物質の混入は全体像が見えない段階に達しており、もし汚染物質を完全に避けたいというなら食べるものはありません。このような流れのなかででみれば、MedDietとは、ジャンクフード・ファーストフードでなく、有害な食品添加物を使っていない(安直な加工食品でない)もの、農薬等化学物質で汚染されていない、化学肥料をつかっていない「自然(オーガニック)なもの」(いわば、自然か人工・加工か、という軸)のひとつの象徴とも言えます。バーガーではなく魚、ポテトチップスでなく野菜・果物、そしてトランス脂肪酸でなく純正なEVOO、甘味飲料でなくワイン、それらはすべてそばに見えている地中海や近所の農園からきています。スローフード運動がはじまったのがMedDietの本場イタリアからであったのは偶然ではありません。伝統食の見直し、「自然食」・有機農業・地産地消といった考え方は、すべてMedDietとつながっています。

パレオ・縄文食・ベジタリアン・サプリメント

ジャンクフード・ファーストフード・添加物・汚染物質の否定という、先世紀末から今世紀にかけてのダイエットの大きな流れ(安直な人工・加工食品を否定する、という軸)をより先端化した最近のアメリカの流行モードが、パレオ(旧石器型)ダイエットです(24)(25)(26)。それはある意味ではローカーボ・オーガニックダイエットの考え方をより徹底化するもので、「穀物」を作り出し、それに依存するようになった農耕(新石器)革命以前のダイエットを再現しよう、とします。パレオダイエットでは、工業革命によって入ってきた様々な加工食品・環境汚染物質・農薬・化学肥料はもとより、穀物・砂糖・食塩・アルコール・乳製品など、農牧革命によって導入された多くのアイテムも忌避されます。ただし、そこで特徴的なのは獣肉食が忌避されていない内臓食は推奨されます)ことで、その意味では、狩猟牧畜民族であった欧米人にとって難しい、肉食を控えるという難行をすることなく現代のジャンクフードから逃れられます。パレオの考え方は日本でいえばいわば「縄文食」(縄文は「旧石器」文化ではありませんが)といったもので、堅果・魚介・小動物などを地産地消していた彼らの生活は、水田耕作を基盤にして成立し、今日まで続いている弥生式日本人のコメ中心の食生活と基本的に違っています。

パレオや縄文食の考え方は、穀物という概念を中心として、ベジタリアンの考え方とも対比できます。おそらくベジタリアンの基礎には、農耕革命によって特に狩猟を必要とはしなくなった古代インドの「豊かな社会」があります。どちらも近現代的な加工食品・化学物質を忌避しますが、ベジタリアンは穀物(農耕・定住生活)を忌避せず、パレオ・縄文は非-穀物(非農耕)を志向しているのです(ただし、両者には遊動か定住か、という大きな違いがあります)。

このような「自然食品に帰れ」という方向は、全体としてはまた、ダイエットのもう一つの極であるサプリメント愛好という方向と鋭く対比できます。サプリメントは大多数がビタミン・DHAのような相当程度純粋な(「汚染のない」)化学物質であり、またハーブなど自然産物である場合でも「商品」として加工・パッケージされています。将来畜産が培養細胞による人工肉工業に置き換えられてゆくとすれば、それらはいわば究極の(コンポ化された)「清潔な」加工食品であり、宇宙食とでもいうべき方向と矛盾しません。肥満のパンデミックに直面した現代世界のダイエットのランドスケープは、様々な軸が入り乱れたカオス状態にあります。

三つの制約条件

このようなカオス状況のなかで、ダイエットを趣味や「ファッド」としてではなくリアルに考えようとするときには、重要な制約条件があります。

まずコストパフォーマンス、という大きな問題があります。実際、ファーストフード・ジャンクフードがここまで広がったのは「甘い・柔らかい(ハイシュガー・ハイファット)」に加え「安い・早い」があったためで、「安い・早い」を排除してよいダイエットをすることは容易ではありません。MedDietにしても、「EVOO」にもピンからキリまであり(粗悪品、模造品が横行しているという話があります)、それはMedDietのもうひとつの鍵、ワインと同じです。まして、本格的パレオダイエットのためにはスーパーで買ってきた肉ではだめで、野原で(?)何か獣を狩ってこなければなりません。「有機」・「自然」食、「地産地消」は、スーパーの食材より高いのが相場です。ダイエットは<贅沢>でありえます。

次に、伝統・習慣・嗜好という問題があります。欧米人が、たとえローファットがよいと分かっていても肉食から離れられずにパレオの方向を選好するように、日本人はたとえローカーボがよいとわかっていても、ごはんやパンという「主食」から離れることが容易でないこともあります。すべてのダイエットにつきものである「リバウンド」という現象は、大人になるまでに身についてしまった文化の伝統と個人の好みが基底になっています。思い付きではじめたダイエットは身に付きません。また、MedDietの推奨に入っている「家族や友人と楽しく食べる」とか、さらに「適度の運動をする」とかは「ダイエット」をはるかに越えたライフスタイルの問題であり、実際、最近の若いイタリア人はMedDietでなくファースト・ジャンクフードを「主食」にしている、という話もあります(27)。食事は一国の文化と切り離せません。

最後に、すべてのダイエット方法論にはエビデンスレベルという問題があります。現代医学の中心的方法であるRCTの典型は、化学的成分のはっきりした薬の効果を、使用群と対照群で、明確な測定値を使って比較する、というものですが、これは食物には相性の悪い方法です。食物が体にどのような影響を与えるかを知るためには本当は1年という「試験」期間でも短く、本来は10年を単位にすべきで、またその効果の指標は、血糖・HbA1c・LDL-C・BMI等の検査数値では狭すぎます。といって全原因死亡率や心血管・がん原因死亡率、といった指標は逆に広すぎるきらいがあります。7,400名もの参加者を得たPREDIMEDは、今まで行われてきたダイエットに関するRCTを代表するものと言えますが、それでも試験期間は発表時点で4年であり、「一生それを食べたらどうなるのか」という問題に答えられるものではありません。まして、パレオなどでは40人程度を対象とした2年間のRCTがありますが、それは「減量に効果があった」というものでしかありません(25)。さらに、ダイエットの効果の検証は、たとえRCTを行うとしても二重盲化できない(「ニセオリーブオイル」など使えない)という根本的な問題があります。もっと広く食物一般ということで言えば、本来含有されているものだけではなく、汚染物質や従来地球上になかった新たな物質が混入していると予期しない影響がでる可能性もあり、ひとつの食品の良し悪しを「薬」のように臨床試験で論じるのは非常に難しいと思われます。また、摂取する側であるヒトの要因も重要で、民族、年齢、体質などの違いにより食物の影響が異なることにも留意しておかなくてはなりません。

さらにまったく別次元の問題として、食物(成分)の健康効果(特に穀物・砂糖・食用油など)には薬品とは比較にならないほどの経済的利害がからんでおり、フェアな検証が難しい、という問題もあります。現在のところ、総合的な「食事」としてはどんなものがよいのか、という問題に答えられる医学的に十分なエビデンスは存在していない、また、将来それが十分に得られるかどうかは分からない、とみられます。

和メッド?そして「個人化・非精密ダイエット」

このように考えてくると、ダイエット(食事)は典型的な複雑系で、簡単な「正解」はありそうにない、ということになってきます。実際、オリーブオイルがよい、といってもオイルは有毒でありえる化学物質のよい溶媒であり、精白米より玄米がいい、といっても有害物質がどれくらい入っているか分からず、ナッツ類に寄生するカビは強烈な発癌物質であるアフラトキシンの類を産生し、魚肉がよいといっても最近の魚は多様な環境汚染化学物質の最終濃縮体でもあります。ダイエットという複雑系はわからないことだらけで、「~を食べてはいけない」「~を食べていればよい」、というような簡単なアドバイスは不可能です。せいぜい、あまり太りすぎないように、できればローファット・ローカーボを心掛け、加工食品・汚染物質に注意する、というようなぼんやりした常識的な方針が見えているだけです。

しかし、もしMedDietを「発見」した古典的な7カ国研究の考え方を復活させるとすると、世界最高レベルの長寿国である日本の食事がそれほど悪いはずはない、ということになります。事実、PREDIMEDが確認したMedDietは基本が魚菜食で、獣肉食を遠ざけてきた、また言い換えれば魚を重視して、「穀物」偏重食では決してなかった伝統的な和食ととても相性がよいものです。簡単に言えば、それはファーストフード・ジャンクフードが繁茂する前の「昭和の食事」で、ごはん・みそ汁につける魚・豆腐・納豆にオリーブオイルをかければ和風MedDiet(和メッド?)になります。好み次第では、みそ汁にオリーブオイルを入れることも、ごはんにオリーブオイルをかけることもできますし、日本酒を赤ワインに代えればよりメッドになります。

伝統的日本食ではすでに摂取を勧められる油を含む魚菜類も多く用いられています。また、亜麻仁油やシソ油のような油は、ω6/ω3バランスという立場からは、オリーブオイルよりも優れている可能性があり、高温にしない摂取法ではオリーブオイルを代替できることも十分に考えられます(ただし、オリーブオイルと同じように、製法・製油企業により品質に大差がありえます)。さらに、もし伝統的な日本食がより白米志向的だとするなら、玄米に代えることも、穀物をあまり食べないようにするローカーボの方法もとれます。もしかすると、逆にMedDietは、和食から納豆やみそのような発酵食品を取り入れることでより「腸内フローラによい」ものにできるかも知れませんし、伝統的和食に生野菜・果物・ナッツをもっと取り入れてMedDietに近づけられるかもしれません。ダイエットに「正解」がない、ということは、それぞれの個人が現在のエビデンスの水準で、その人が取り入れやすいものを季節に合わせて取り入れるというように、少しだけじぶん自身によいと思える方向を「非精密に」探してゆけばよい、ということでもあり、そういった方法は、またMedDietや和食を同時にグローバル化してゆく方向にもつながっています。

執筆者:堀江麻紀子
監修:小林裕子

References