院外心停止患者での気管挿管は有害か?

Medical Issue Review 

公開日:2015年11月23日    最終更新日:2016年11月7日

院外心停止患者での気管挿管は有害か?

Executive Summary

  • 日本では紆余曲折を経て(1)2004年から認められることになった「特定行為」心停止患者での気管挿管は、救急救命士による医療行為の象徴的事例だが、その有効性は論争的である。
  • 気管挿管は院外心停止患者での気道管理のゴールドスタンダードだが、病院前気管挿管のベネフィットを示す堅固なエビデンスは存在しない。
  • いくつかの大規模観察研究の結果は、気管挿管がバッグバルブマスクによる換気と比して有意に患者アウトカムを悪化させることを示している。
  • 気管挿管がアウトカムを改善しない可能性があることについて、挿管による胸骨圧迫の中断・過換気による組織灌流の阻害・搬送時間の延長などが提唱されている。

気管挿管は、長く院外心停止(OHCA)患者における高度気道管理法の第一だったが、患者のアウトカムを改善しないまたは悪化させる可能性があることを示唆する研究も数多く存在する。特に2013年JAMAに発表された論文はインパクトが大きかった(2)。この論文はAll-Japan Utstein Registryで前向収集された2005年から2010年までの649,654名の成人OHCA患者のデータを用いた集団ベース研究で、神経学的良好生存は気管挿管(ETI)で1.0%、声門上器具(SGA)で1.1%、バッグバルブマスク(BVM)で2.9%であった。

挿管がアウトカムを悪化させるという報告はこれが初めてではない(3,4)。2014年にResuscitation誌に発表された論文も、ETIを含む高度気道管理群の低いアウトカムを結論している(5)。こちらはアメリカCARESレジストリでの心原性推定のみの後向データ(n=10,691)で、神経学的後遺症なき生存はETI群5.4%、SGA群5.2%、no advanced airway 群18.6%であった。この他にも、病院前設定でETIとBVMを直接比較した現在まで唯一の無作為化試験では、小児OHCA患者の生存率がETI群26%・BVM群30%、神経学的良好アウトカムはETI20%・BVM23%と有意差なしであったし(6)、重度外傷性脳損傷(7)や外傷性血液量減少(8)患者で行われた観察研究も、病院前挿管での死亡率の増加を報告している。

早期の高度気道管理によって神経学的アウトカムが改善するという報告も存在するが(9)、全体としてみれば、患者の救命率を向上させるために行われるはずの高度な気道管理がアウトカム悪化と関連している可能性は高い。このパラドックスについてはいくつかの説明が行われている。

重症度その他の交絡

国際ガイドライン(10)での2次救命措置における気管挿管の適応は「BVMにより適切な換気が出来ない意識不明患者」であり、一般にBVMが有効でない患者で高度気道管理が行われる。気管チューブが使用されること自体が患者の重症度に関連し、このことが上記の観察研究におけるETIの不良アウトカムに影響していることは十分考えられる。これついてHasegawaらの論文では、ベースラインや自己心拍再開・病因・初期リズム・目撃の有無といった変数についての調整を行い、調整後にも上記の結果が維持されるとしている。McMullan論文も交絡因子の調整を行っている。未知のものも含めた交絡因子の影響を完全に除くためには無作為化試験が必要となる(11)。現在、フランスのチームにより、ETIとBVMを直接比較する無作為化試験が進行中である(NCT02327026)(12)。

挿管の失敗・誤挿管

救急状況での気管挿管には困難が伴い、高い技術とその維持のための特別の努力(13)を必要とする。近年行われたメタ解析によれば、病院前挿管の成功率は90%程度と考えられる(14)が、挿管までに複数回の試行を必要とする患者も少なくなく(15,16)、アウトカムに悪影響を与えうる(17)。また、救急医療サービスによる誤挿管・位置異常は5.8%-25%にのぼるとも報告されており1(18,19,20)、挿管により本来得られるべき効果を得られていないケースも存在するとみられる。

病院収容までの時間

挿管に要する時間や成功率の低さに関連して、気管挿管を含む高度気道管理が、病院到着までの時間を引き延ばす可能性も指摘されてきた。いずれも外傷患者での比較であるが、Stockingerらの研究(21)では、ETIはBVMと比して有意に病院前時間を増加させ、Cudnikらの研究(22)は、従来ETIで5.2分、RSIでは10.7分の院外時間増を報告している。ただし、Hasegawaらの論文では高度管理群31分/BVM群29分、McMullan論文ではSGA9.0分、ETI8.7分、非高度管理群8.2分とその差はわずかであった。

胸骨圧迫の中断

2010ガイドラインは心肺蘇生の優先順位をABC(Airway – Breathing – Circulation)からCABに、半世紀ぶりに変更した。訓練を受けていないバイスタンダーCPRでは胸骨圧迫のみを行うよう推奨するなど、絶え間ない胸骨圧迫が最重要であるとの概念が前面に打ち出されている。胸骨圧迫を続けながらの挿管は難しく、挿管によって胸骨圧迫の中断が生じうる。Wangら(23)によれば、ETIによって中央値109.5秒のCPR中断が生じる。また6つの気道デバイスを比較した研究では、他の5デバイスの8.4-15.9秒に対し、ETIによるhands-off時間は48秒と、ガイドラインが理想としている「10秒以内」を大きく上回った(24)。こうした中断による血液循環の停止がアウトカムの悪化につながっている可能性があり(25)、ERCガイドライン2010は蘇生における挿管の推奨を、高い挿管技能を持った者が現場にいる場合に限定している(26)。 もっともこの観点は、胸骨圧迫中断時間が短いはずのSGAでのアウトカムが、ETIと同程度かより悪い(27)という事実を十分には説明しない。

過換気

質の高いCPRで、胸骨圧迫の中断の最小化とならんで重要なのが過換気の回避である。過度な換気は胸腔内圧を上昇させ、静脈還流・冠灌流の阻害につながる(28)。高度気道確保後の換気によって意図しない過換気が生じ、アウトカムを悪化させている可能性がある(29)。

JAMA論文その他の結果が示唆する気管挿管でのアウトカム悪化について可能なメカニズムが十分にあるが、アウトカムを決定的に増悪させるメカニズムは確定されていない。とはいえ現在のところ、多大な努力が費やされてきた救急救命士の気管挿管は、残念ながらそれに相応しいベネフィットがあるかどうかは疑わしいとみるべきである。心停止ALSにおいて気管挿管が果たす役割はより限定的なものになって行くとみられる。

執筆者:広島悠

References