米国におけるパートナー間/家庭内暴力(IPV/DV)関連の外傷性脳損傷の実態:米国外傷データバンク(2018-2021)

公開日:

2024年11月28日  

最終更新日:

2024年11月29日

Epidemiology of Intimate Partner and Domestic Violence-Related Traumatic Brain Injury in the United States, 2018 to 2021: A National Trauma Data Bank Cohort Analysis of 3891 Patients

Author:

Ramesh R  et al.

Affiliation:

Department of Neurological Surgery, University of California, San Francisco, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:38747596]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2024 May
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

米国の女性の47%,男性の44%が親密なパートナーによる暴力を経験したことがあると報告され(文献1),臨床的/社会的に重篤な結果をもたらしている(文献2,3).
本稿は,米国外傷データバンク(NTDB)に,2018年からの4年間に登録された親密なパートナーによる暴力あるいは家庭内暴力(IPV/DV)のうち外傷性脳損傷(TBI)を伴ったケースを抽出し,その実態を解析したものである.
この期間にNTDBにはIPV/DV3,891例が登録され,そのうちTBIありは31.1%であった.TBIには頭蓋骨折30.2%,硬膜下血腫19.8%,くも膜下出血13.4%,硬膜外血腫1.1%,脳挫傷8.1%,脳浮腫3.3%が含まれた.

【結論】

TBIの重症度は,軽症(GCS 13-15)87.4%/中等症(9-12)4.3%/重症(3-8)8.3%で,各群の平均在院日数は11.5日/14.4日/5.0日,死亡率は0.9%/22.5%/28.6%であった.
非TBI患者と比較してTBI患者には女性が多く(77.2%/64.6%),黒人は少なく(28.9%/36.6%),ICU入院が多く(20.9%/7.5%),死亡率が高く(4.1%/1.8%),在院日数が長く(平均5.3/4.5日),自宅退院率が低かった(79.8%/83.8%)(いずれもp <.01).多変量回帰解析でもTBIの存在とICU入院,死亡,在院日数,自宅退院困難は相関した.

【評価】

本稿は,米国外傷データバンク(NTDB)に登録された最近4年間の外傷症例で,パートナー間/家庭内暴力(IPV/DV)のうち頭部外傷あり(TBI)を頭部外傷なし(非TBI)と比較した研究である.
その結果,全IPV/DV患者のうちTBIを伴うのは約1/3であり,非TBI患者と比較してTBI患者には相対に女性が多く,黒人は少なく,ICU入院が多く,死亡率が高く,在院日数が長く,自宅退院率が低かった(いずれもp <.01).そうだろうね,TBIを伴っていれば,やっぱり転帰が悪いよねと概ね納得できる結果である.しかし,最初に通読した時にあれっと思ったのは,「TBI群では黒人が相対に少ない」である.これは本研究は、TBIを伴うIPV/DVとTBIを伴わないIPV/DVの比較であることを本サマリー担当者が見逃したためである.
本文中のTable 2から,この期間の米国におけるIPV/DV被害者全体の人種構成がわかる.これによれば,白人50.2%,黒人33.6%,アジア系2.5%,ネイティブ・アメリカン4.4%,ヒスパニック14.7%である.一方,2024年の国勢調査による米国民の人種構成は白人65.9%,黒人12.5%,アジア系5.8%,ネイティブ・アメリカン0.8%,ヒスパニック18.6%である.これらの数字を単純に比較すると,背景の全人口の人種構成と比べて,IPV/DV被害者全体の人種構成では,ネイティブ・アメリカンが5.5倍,黒人が2.7倍と高く,アジア人は0.4倍と低い.白人とヒスパニックはともに0.8倍で,全人口の人種構成と同じくらいということになる.
これらの数値はIPV/DVの背景にある社会・経済・教育的基盤の差を反映しているのであろうか.ちなみに,親密な異性のパートナーによる暴力(IPV)被害者は,男性362例,女性1,164例で,女性が男性の3.2倍であるのは,やはり女性の社会・経済的基盤の弱さと性的な差別を背景にしているのであろう.
ただし,こうした数値はあくまでも,病院を受診してNTDBに登録された患者のデータであり,IPV/DV被害者が社会経済的あるいは心理的理由で医療機関にアクセスすることが困難な状況を考慮すれば,いずれも実際よりはかなり少ない可能性が高い.
翻って日本では,内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(2018年のアンケート)によれば,配偶者からの暴力を1度でも受けたことがある者の割合は女性25.9%,男性18.4%となっている(文献5).米国の女性47%,男性44%に比べればかなり少ないが,これもまた家庭内のトラブルを明らかにしたくないという心理が日本人ではさらに強いという可能性を考慮しておく必要性がある.

執筆者: 

有田和徳