てんかんを有する妊婦に対する高用量葉酸の投与は発がんリスクを高める:スカンジナビア妊娠登録より

公開日:

2025年1月17日  

High-dose folic acid use and cancer risk in women who have given birth: A register-based cohort study

Author:

Vegrim HM  et al.

Affiliation:

Department of Clinical Medicine, University of Bergen, Bergen, Norway

⇒ PubMedで読む[PMID:39540679]

ジャーナル名:Epilepsia.
発行年月:2024 Nov
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

妊娠可能期の女性てんかん患者に対しては,催奇形性の少ない抗けいれん剤の選択と葉酸投与が推奨されている(文献1).成人における葉酸摂取推奨量は約0.4 mg/日とされている(文献2).しかし,日本の保険薬は1錠5 mgであり,実際にはこれを隔日に内服させるか,半錠(2.5 mg)ずつ内服させていることも多い.しかし最近,妊娠中に高用量(1 mg/日以上)の葉酸を服用していたてんかん患者から生まれた児の発癌リスクが高いことが報告され,注目されている(文献3).
本研究はスカンジナビア3国で実施されている全妊娠の前向き登録(SCA–AED)に基づく研究である.2017年までの21年間に146.6万人の初産婦が登録された.このうち6.4万人(4.4%)が高用量葉酸を服用していた.

【結論】

分娩後最長21年間の経過観察期間中,何らかの癌の発生頻度は,高用量葉酸服用妊婦では非服用妊婦と比較して20%高かった(10万人あたり208/年 vs 164/年,調整HR:1.2,95% CI:1.1–1.2).
癌腫別でのリスク増加は非ホジキンリンパ腫で有意に高かった(調整HR:2.0,95% CI:1.3–2.9).他の21種類の癌腫でも,高用量葉酸服用妊婦では発生率が高かったが,有意差には至らなかった.
てんかんの妊婦においても,分娩後の癌の発生頻度は,抗けいれん剤の服用の有無にかかわらず,高用量葉酸服用患者で高かった(調整HR:1.3,95% CI:1.0–1.8).

【評価】

一般に,出生児の神経管閉鎖不全に基づく先天奇形を防ぐために0.4 mg/日の葉酸補助摂取が推奨されている.また,日本神経学会のてんかん診療ガイドライン(2018)により推奨されている補充量は0.4–0.6 mg/日である(文献4).しかし,抗けいれん剤服用中の妊娠可能期の女性では児の先天奇形のリスクが高くなるため(文献1,5),4–5 mg/日までの高用量の葉酸投与が推奨されることもある(文献1).
葉酸はC–1代謝(OCM=one carbon metabolism)におけるメチル基ドナーとして機能しており,DNAの修復やメチル化に関わっている.高用量の葉酸摂取はこの系を変化させ,癌の発生をもたらす可能性があるとされる(文献6,7).逆にメトトレキサートなどの葉酸代謝拮抗剤は種々の悪性腫瘍に対する抗癌剤としても使用されている.
本論文の著者らは,スカンジナビア3国で実施されている全妊娠の前向き登録(SCA–AED)の解析を基に,JAMA Neurology 2022年で,てんかん患者が妊娠中に高用量(≥1 mg/日)の葉酸を内服していた場合,産まれた子供において白血病やリンパ腫などの癌発生リスクが高まることを報告している(文献3).本研究は,母体の方の発癌リスクについて,同じデータベースを用いて解析したものである.この結果,妊娠中に高用量(1 mg/日以上)の葉酸を服用していた全妊婦では分娩後の癌の発生リスクが20%上昇することが明らかになった.また,てんかんを持つ妊婦でも,高用量葉酸の服用者ではやはり発癌リスクが30%上昇していた.なお,分娩後6ヵ月以降はこの差は縮小したが,その差はやはり有意であったという(調整HR:1.1,95% CI:1.04–1).
一方,過去の研究では,高用量葉酸内服と発癌リスクの相関を否定するものもあるが(文献8,9),より高年齢であったり,過半数が男性であったりしている.また43万人のノルウェーの妊婦を対象とした解析でも,葉酸服用と発癌リスクの関係は否定されているが(文献10),この研究における葉酸服用者の大部分は0.4 mg/日の低用量サプリ服用者であった.
妊娠可能期のてんかん患者をケアしている臨床医にとって,2022年のJAMA neurologyの論文と本論文が与えるインパクトは大きい.日本でも処方薬のフォリアミンⓇを粉砕して0.1–0.2錠/日ずつ処方するという方法はありそうだが,薬剤師の手間が大変そうである.患者にサプリメントの服用を推奨する手もあるが,確実性には欠けるかも知れない.
いずれにしても,妊婦における高用量の葉酸服用による児や母体の発癌の可能性を指摘したこの2本の報告は,単一データベースからの抽出に基づく解析結果であり,今後の他の大規模データベースに基づく研究結果を待ちたい.

<コメント>
JAMA Neurology 2022年のVegrim HMらの論文では,高用量の葉酸を服用中の妊婦から出生した児に,白血病やリンパ腫などの癌発生リスクが高まる可能性を示唆している(文献3).ただしそのHRは1.2〜1.3ときわめて低い.新生児の癌の発症数がもともと低いことを考えると,この程度のHRの上昇で新生児の癌患者が,実際に何例増えるのかの実数を評価すべきではなかろうか.これに反して,葉酸をまったく服用しない場合の児の先天異常,とくに神経管障害の発生率はきわめて高い.葉酸を服用(4 mg/日)していた妊婦から産まれた児の神経管障害発生率は6/593(1.0%)で,葉酸非服用妊婦では21/602(3.5%)であり,葉酸摂取による予防効果は72%との報告がある(文献11).日本においては低用量の葉酸は保険医薬品としては入手できず市販のサプリメント剤としての購入が必要な状況にある.日本における抗てんかん発作薬を服用している妊婦を対象とした調査では,妊娠前から葉酸が処方されていた率は8.8%,第1トリメスターでの処方率もわずか19.8%という報告がある(文献12).低用量の葉酸が処方できる体制が理想ではあるものの,いたずらに葉酸のリスクを強調してしまうのは,神経管障害を含む児の奇形の予防にとって逆効果になる可能性も危惧される.(東北大学大学院医学系研究科てんかん学分野 中里信和)

執筆者: 

有田和徳

関連文献