経耳介迷走神経刺激はくも膜下出血後の炎症性サイトカインの放出を減少し,血管れん縮を抑制する:セントルイス・ワシントン大学のRCT

公開日:

2025年2月25日  

Auricular vagus nerve stimulation for mitigation of inflammation and vasospasm in subarachnoid hemorrhage: a single-institution randomized controlled trial

Author:

Huguenard AL  et al.

Affiliation:

Departments of Neurosurgery, Washington University in St. Louis, MO, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:39854697]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

迷走神経電気刺激は難治性てんかんに対する治療手段として普及しているが(文献1),うつや脳卒中後片麻痺に対する補助治療としても登場しつつある(文献2,3).また刺激の方法として,侵襲的な埋め込み型刺激装置ではなく,耳介の迷走神経支配領域を刺激する方法が導入され,これに伴い治療対象も片頭痛,リウマチ,不眠症,耳鳴などに拡がりつつある(文献4,5).
本稿はくも膜下出血後の脳血管れん縮に関してセントルイス・ワシントン大学で実施されたRCTである.対象は発症24時間以内のくも膜下出血患者27例で,迷走神経に対する実刺激群(左耳甲介舟の電気刺激)13例とシャム刺激群(左耳朶の電気刺激)14例に無作為に分けられた.

【結論】

電気刺激は20分ずつ1日2回,最低7日間実施した.有害事象はなかった.
シャム刺激群と比較して実刺激群では血管撮影上の血管れん縮が有意に減少しており(30.8% vs 71.4%,p =.018),血管れん縮はより早期に正常化した(p <.001).実刺激群では,血漿内あるいは髄液内のTNF-αとIL-6の濃度が有意に低かった(いずれもp <.05).入院時から退院後初回外来受診時までのmRSの改善は実刺激群では有意であったが(p =.014),シャム刺激群では有意ではなかった(p =.18).介護施設かホスピスへの退院は実刺激群で有意に少なかった(p =.04).

【評価】

くも膜下出血後の血管れん縮の発生には,くも膜下腔に流入した血液中のマクロファージからの炎症性サイトカイン放出が強く関与していることが明らかになりつつある(文献6,7,8).本RCTは,迷走神経耳介枝(甲介舟)の電気刺激によって,髄液あるいは血中の炎症性サイトカイン(TNF-αとIL-6)の増加が抑制されること,また血管撮影上の血管れん縮が抑制されることを明らかにした.さらに,機能予後が改善することも示唆されている.
迷走神経耳介枝求心線維からの情報は,延髄の孤束核へ入力された後,青斑核,縫線核を介して大脳感覚・運動野や前頭前野皮質,島といったさまざまな皮質領域へ投射する.このため,迷走神経電気刺激によって大脳皮質の活動性の亢進や神経伝達物質の濃度亢進が誘発されることが報告されている.また,孤束核への情報は背側運動核にも投射され,ここから一般内臓遠心性線維として骨盤臓器以外の全臓器に分布する.本稿の著者らは耳介迷走神経への刺激が背側運動核を介して,脾臓における一般内臓遠心性線維終末でのアセチルコリン分泌を刺激し,これが脾臓内CD4+Tリンパ球からのサイトカインの分泌を促し,結果としてマクロファージからのサイトカイン分泌を抑制するというメカニズムを想定している.さらに著者らは,迷走神経への刺激が,くも膜下出血によって過剰となった交感神経系反応を抑制するというメカニズム(文献9,10)や,皮質拡延性抑制(CSD)を制御するというメカニズム(文献11)が関与している可能性も考慮しているようである.
くも膜下出血による症候性血管れん縮は,ありふれた病態でありながらその転帰は重篤である.一方,経耳介迷走神経刺激は侵襲性が少なく,どこでも開始することができる治療手技である.今後より多くの患者を対象とした多施設RCTで本稿の発見が検証されることと,より適切な刺激条件の設定など,治療手技がさらに精緻化されることを期待したい.

執筆者: 

有田和徳

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