機械的血栓除去術前の経静脈的テネクテプラーゼの投与の有効性と安全性:中国におけるRCT(BRIDGE-TNK試験)

公開日:

2025年8月1日  

最終更新日:

2025年8月2日

Intravenous Tenecteplase before Thrombectomy in Stroke

Author:

Qiu Z  et al.

Affiliation:

Department of Neurology, Second Affiliated Hospital of Army Medical University, Chongqing, China

⇒ PubMedで読む[PMID:40396577]

ジャーナル名:N Engl J Med.
発行年月:2025 Jul
巻数:393(2)
開始ページ:139

【背景】

経静脈的血栓溶解療法におけるテネクテプラーゼのアルテプラーゼに対する優位性を示す研究が積み重なってきているが(文献1-4),血管内血栓回収療法(EVT)前のテネクテプラーゼ投与の有効性および安全性は依然として不明である.本稿は中国39施設で実施されたRCT(BRIDGE-TNK試験)で,発症から4.5時間以内に来院し,血栓溶解療法の適応と判断された脳主幹動脈急性閉塞の患者550例(中央値70歳,女性230例)を対象としている.278例がテネクテプラーゼ+血栓回収群に,272例が血栓回収単独群に割り付けられた.テネクテプラーゼ投与開始から血栓回収の動脈穿刺までは中央値16分であった.

【結論】

穿刺から再灌流までの時間中央値は,テネクテプラーゼ+血栓回収群で55分,血栓回収単独群で64分であった.主要評価項目の90日後の機能的自立(mRS <2)は,テネクテプラーゼ+血栓回収群で147例(52.9%),血栓回収単独群で120例(44.1%)と有意差が認められた(未調整リスク比1.20,95%CI:1.01–1.43,p =.04).副次評価項目の血栓回収前の再灌流率は6.1%と1.1%,血栓回収後の再灌流率は91.4%と94.1%で,大差なかった.安全性評価項目の48時間以内の症候性頭蓋内出血の発生は8.5%と6.7%,90日後の死亡率は22.3%と19.9%で,差はなかった.

【評価】

テネクテプラーゼはtPA(組織プラスミノーゲン・アクチベーター)を遺伝子工学技術によって変異させて作成されている.アルテプラーゼと比較して,フィブリン特異性が高く,tPAを阻害するPAI-1(plasminogen activator inhibitor-1)に対する抵抗性が高いので血栓溶解-再開通率が高い(文献5).また半減期も6倍長い(20~24分)のでボーラス(10秒以内)での投与が可能である.このため1時間かけてのアルテプラーゼの点滴という実用上の煩わしさが軽減,一次救急施設から血栓回収治療施設への搬送,あるいは施設内移動がよりスムーズに行われる可能性が高い.
2021年に発表された4つのRCTのメタアナリシスでも,急性脳主幹動脈閉塞に対するテネクテプラーゼの投与がアルテプラーゼに比較してより高い再開通率と良好な臨床転帰をもたらすことが示されている(文献6).安い薬価も相俟って,テネクテプラーゼの治験が終了している諸外国では近い将来にアルテプラーゼからテネクテプラーゼに切り替わる可能性が高い.テネクテプラーゼとアルテプラーゼの製造はドイツの同一企業が行っているので,アルテプラーゼの製造が中止される可能性も否定できない.
一方従来,血栓回収に先行してアルテプラーゼなどの経静脈的血栓溶解剤を投与することの有用性については,議論が続いている.2023年に発表された6個のRCTの個別データを用いたプール解析では,経静脈的血栓溶解療法+血栓回収と血栓回収単独の比較では有効性に差は認められなかった(文献7).しかし,これらの試験対象者の大多数ではアルテプラーゼが使用されており,テネクテプラーゼを投与された症例はわずか2.2%に過ぎなかった.このため,テネクテプラーゼの効果に関するサブグループ解析は困難であった.
本BRIDGE-TNK試験は550例という多数例の解析を通して,テネクテプラーゼ+血栓回収が,血栓回収単独と比較して主要評価項目の90日後の機能的自立(mRS <2)の頻度が有意に高いことを明らかにしている.ただし,副次評価項目の血栓回収前の再灌流,血栓回収後の再灌流は,いずれも両群間で大きな差はなかった.また,安全性評価項目の症候性頭蓋内出血の発生率や死亡率にも差はなかった.
では,血栓回収前の経静脈的血栓溶解に用いる薬剤としては,アルテプラーゼとこのテネクテプラーゼではどちらが良いのか? このことは,世界中の脳卒中診療担当者が最も知りたいところである.この点に関しては,今,日本で進行中のT-FLAVOR試験(登録期間2021年7月28日〜2026年9月30日,試験終了予定2027年3月31日)がその解答を提供する可能性が高い(文献8).その結果次第では,2028年頃には血栓回収術前のテネクテプラーゼのワンショット投与が標準治療として定着するかもしれない.
日本でアルテプラーゼの導入が諸外国に比較して約10年遅れたことは「失われた10年」として痛恨の思いで語られ,テネクテプラーゼでも同じ轍を踏むことへの危惧は徐々に高まっている(文献9,10).
しかし,このT-FLAVOR試験の結果をもとに,血栓溶解剤単独治療においても,日本でもテネクテプラーゼが使用可能になることを期待したい.

執筆者: 

有田和徳

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