悪性腫瘍を除く開頭手術では術後のバンコマイシン粉末皮下投与の有効性はない:987例の後方視解析

公開日:

2025年10月7日  

Efficacy of Vancomycin Powder Prophylaxis in 987 Cranial Surgeries for Nonmalignant Pathology

Author:

Shoap W  et al.

Affiliation:

Department of Neurological Surgery, LSU Health Sciences Center, New Orleans, Louisiana, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:40824032]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2025 Aug
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

手術部位感染(SSI)予防目的での開頭術後のバンコマイシン粉末の皮下投与の有効性はいくつか報告されているが(文献1-5),従来は対象が感染リスクの高い悪性腫瘍に偏っている傾向があり,この手技の普遍化は困難であった.
ルイジアナ州立大学脳外科は2021年7月からの3年間に,悪性脳腫瘍を除いた疾患に対し頭蓋内手術を行った987名の患者を対象に,後方視的レビューを行った.経鼻手術症例はバンコマイシン粉末が使用されなかったため除外した.
患者は,術後にバンコマイシン粉末が投与された群(682名)と,非投与群(305名)の2群に分けられた.バンコマイシン使用は術者の裁量によった.全例において,皮膚切開30分以内にセファゾリンの静脈投与が行われた.

【結論】

手術の対象疾患は髄膜腫が最多で約30%,続いて水頭症約20%で,バンコマイシン投与群と非投与群間でその頻度に差はなかった.前庭神経鞘腫はバンコマイシン投与群で多かった(13% vs 7.9%).両群とも約2割が過去に開頭術を受けていた.BMI,糖尿病,喫煙歴,ステロイド使用歴,開頭術の既往などの既知の感染リスク因子の頻度は2群間で有意差はなかった.多かった術式は天幕上開頭術と後頭蓋窩開頭術であり,その割合は2群間で差はなかった.
SSIの発生率は,バンコマイシン非投与群で1例(0.3%),投与群で5例(0.7%)であり,統計的有意差はなかった(p =.578).SSI発生症例の原疾患は3例が非定型髄膜腫,2例が神経鞘腫,1例がアメーバ性脳膿瘍であった.

【評価】

バンコマイシン粉末は安価で,皮下投与が容易であり,手術部位感染(SSI)予防目的で,脊椎手術を始めとする脳神経外科手術全般で広く応用されてきた(文献1-6).本研究のシリーズでは,バンコマイシン皮下投与の判断は術者に任されていたが,約7割がバンコマイシン投与を受けていた.本研究シリーズではバンコマイシン皮下投与による副作用は認められていないが,漿液腫,創傷治癒遅延,多菌種感染,グラム陰性菌感染,バンコマイシン耐性菌感染などのリスクが指摘されており(文献7-9),決してその安全性が確立されている訳ではない.
開頭手術後のバンコマイシン粉末皮下投与の有効性を示した過去の報告では,SSIが発生した患者の7割が悪性腫瘍に対する開頭手術後であった(文献2-4).もしかすると,全身状態不良,開頭手術の既往,放射線や化学療法の術前実施などの悪性腫瘍患者に特有の易感染性が,過去の報告におけるバンコマイシン皮下投与の有効性の背景となっている可能性がある.本研究は,そのようなバイアスを避けるために,悪性腫瘍を除く疾患を対象として,バンコマイシン皮下投与の有効性を検証した.その結果,SSIはバンコマイシン投与群で0.7%,非投与群で0.3%であり,バンコマイシン投与の効果は認められなかった.
著者らは,本研究の結果から,非悪性頭蓋内病変に対する手術において,バンコマイシン粉末の予防的使用は必ずしも必要ではない可能性があるとまとめている.
今後,開頭術後のバンコマイシン皮下投与の有効性については,対象疾患を分けて(良性か悪性か),大規模なRCTで再度検証されるべきである.その際,評価者によるバイアスを回避するために,SSIの診断基準を明確にすると共に,結果評価者の盲検化も必須であろう.

執筆者: 

有田和徳

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