特発性正常圧水頭症に対するシャント術のプラセボ対照RCT(PENS試験):北米とスウェーデンの99例

公開日:

2025年12月4日  

A Randomized Trial of Shunting for Idiopathic Normal-Pressure Hydrocephalus

Author:

Luciano MG  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Johns Hopkins Hospital, Baltimore, MD, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:40960253]

ジャーナル名:N Engl J Med.
発行年月:2025 Dec
巻数:393(22)
開始ページ:2198

【背景】

特発性正常圧水頭症(iNPH)の有病率は65-70歳で約1.5%,加齢とともに上昇し,86歳以上では7.7%に達する(文献1,2).髄液シャント術はiNPHに対する標準的治療ではあるが,その有効性に関する疑義もある(文献3,4).一方,過去のRCTはいずれも小規模なものにとどまっている(文献5,6,7).
本PENS試験は,北米とスウェーデンで実施されたRCTで,過去最大の99例(平均年齢75歳)が対象となっている.
髄液排出試験によって歩行速度の改善が確認されたiNPH患者を,Certas Plusを用いた脳室腹腔シャント・システム設置術の直前に,1:1の割合でバルブ設定4(シャント群)またはバルブ設定8(髄液の流れを停止したプラセボ群)に無作為に割り付けた.

【結論】

手術後3ヵ月時点において,歩行速度はシャント群では有意に増加したが(平均0.23 m/秒),プラセボ群では不変で,治療差0.21 m/秒(p <.001)であった.Tinettiスコア(歩行・平衡機能)においても,シャント群で有意の改善が認められた(平均変化量2.9点 vs 0.5点;p =.003).3ヵ月間の転倒もプラセボ群と比較してシャント群で低かった(24% vs 46%)(p =.03).
MoCAスコア(認知機能)およびOAB-qスコア(尿失禁の重症度)については有意差を認めなかった.
一方,硬膜下血腫(12% vs 2%),体位性頭痛(59% vs 28%)ともシャント群で有意に多かった(p =.04とp =.002).

【評価】

このRCT(PENS試験)は,国際iNPHガイドラインに従い,髄液排出試験によって歩行速度の改善が確認され,脳室腹腔シャント手術(VPシャント)の適用となった99例の患者が対象となっている.全例で,Certas Plusのバルブを用いて,脳室腹腔シャントシステムの設置術が行われたが,半数は術後3ヵ月間,髄液排出なし(バルブ設定8 =開放圧 >400 mmH₂O,プラセボ群)とし,半数は髄液排出を行った(シャント群).シャント群では当初,バルブ設定4(開放圧110 mmH₂O)に設定したが,安全性の観点から,術者の裁量でバルブ設定5(145 mmH₂O)またはバルブ設定6(180 mmH₂O)も許可された.なお,バルブ圧調整担当者以外には対象患者がシャント群かプラセボ群かは知らせていなかった.その結果,シャント群では手術3ヵ月後で,歩行速度および歩行・平衡機能の指標に有意な改善が認められたが,認知機能や排尿障害の指標に対しては有意な改善はなかった.
本試験の結果は,iNPHに対する髄液シャント手術は大多数の患者において歩行障害の良好な改善をもたらすが,認知機能に関しては必ずしも一様の改善が認められないという,臨床現場の実感とよく一致しているように思われる.ただし,本試験ではMoCAスコア(認知機能)ならびにOAB-qスコア(尿失禁の重症度)ともにプラセボ群と比較してシャントで軽度の改善が得られており,より多数例でより長期の比較を行えば有意差が出るかも知れない.
一方,硬膜下血腫や体位性頭痛はともにシャント群で多く,やはり臨床現場の悩みに一致している.
このPENS試験の結果は,iNPHに対する髄液シャント手術の得失を過去最大のRCTで証明したものとして,今後の手術適用の判断と説明・同意のために優れた情報を提供している.
一方,本PENS試験では,iNPHに対する髄液シャント手術は脳室腹腔シャント手術(VPシャント)が選択されているが,日本の多くの施設では腰椎腹腔シャント手術(LPシャント)が行われており,腰椎腹腔シャント手術についても今回の試験と同様の大規模RCTが実施されることを期待したい.

執筆者: 

有田和徳