小脳橋角部類上皮腫の被膜を含めた完全摘出は本当に再発を防ぐのか:ヘルシンキ大学の30例,中央値13年の長期追跡の結果から

公開日:

2025年12月5日  

Cerebellopontine epidermoid cysts: is the pursuit of complete resection justifiable despite high recurrence rates?

Author:

Kovalainen A  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Helsinki University Hospital and University of Helsinki, Uusimaa, Finland

⇒ PubMedで読む[PMID:41135109]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Oct
巻数:Online ahead of print.
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【背景】

小脳橋角部は類上皮腫の好発部位である.腫瘍被膜も含めた完全切除が再発を予防するので,手術の第一目標と考えられてきた(文献1-3).しかし,腫瘍被膜は後頭蓋窩の重要な神経・血管構造に密着しているため,完全切除後に新規神経症状を来すことは稀ではない(文献4,5).ヘルシンキ大学脳外科は過去50年間に摘出術を行った小脳橋角部類上皮腫連続30例(平均36歳)の長期追跡を行い,腫瘍摘出度が再発に与える影響を検討した.
追跡期間中央値は13年(1.6-48年)で,16例(53%)は10年超の追跡であった.術者の判断による摘出度は,GTR(被膜も含めて全摘出)27%,NTR(被膜のみ残存)30%,STR(のう胞内容物が残存)43%であった.

【結論】

11例(37%)では再発のために再手術を要し,8例(27%)では2回以上(2-4回)の再手術が必要であった.全部で24回の再手術が行われた.初回手術後の再手術不要期間中央値は20年(95% CI 4-36),再手術後の再々手術不要期間中央値は11年(95% CI 8-14)であった.
追跡期間が長期になれば再発は増加した(K-M解析では25年で約75%).初回手術後の画像評価による摘出度,術者の自己評価による摘出度ともに再発の予測因子とはならなかった.
新規の術後神経症状は50%で認められた.新規神経症状の多くは3ヵ月以内で消失したが,長期的に無症状であったのは1年以上の長期追跡が行われた19例のうち3例(16%)のみであった.

【評価】

類上皮腫におけるのう胞内容物は軟らかく血流に乏しいため比較的容易に除去できるが,のう胞被膜は脳幹や他の神経・血管構造に強固に癒着することがあり,完全除去は困難,あるいは不可能な場合がある(文献1,9).この残存被膜は長期経過後であっても腫瘍再発の原因となり得る(文献12,13).
脳外科医は再発を防ぐという大義のために,小脳橋角部類上皮腫に対しては仮に多少の合併症が出たとしても全摘出さらには被膜も含めた完全摘出(本稿のGTR)を目指す.しかし,中央値13年,最長48年というこの超長期追跡の結果によれば,腫瘍摘出度と再発には関係がなく,結局のところ,追跡期間が延びれば,大部分の症例で再発は避けられなかったという.術後画像診断に基づく摘出率の評価でGTRと判定された症例でも20年の長期追跡例(K-M解析)では50%が再発による再手術を受けていたという.この頻度はNTR(被膜のみ残存)やSTR(腫瘍内容物が残存)と判断された症例の約60%に比べれば少しは良いが,統計学的な有意差ではない(p =.479).ショッキングなレポートである.
著者らは,この結果を受けて,小脳橋角部類上皮腫は“難治性の疾患”であり,これに対しては,先ずは安全な切除を優先すべきである.さらに完全切除例であっても,術後はMRIによる5-10年間隔のフォローアップを20年間は継続することを推奨すると結論している.本研究における追跡期間中央値は13年であるが,初回手術時年齢が平均36歳ということは,平均余命は40年以上はあるので,今後さらに追跡年数を重ねて,摘出度毎の生涯における再発-再手術率,神経症状出現率,腫瘍による死亡率が明らかにされることを期待したい.それまでは,著者らが言うように,類上皮腫に対する手術では無理をせず,腫瘍内容は全摘出を目指すが,腫瘍被膜は周囲組織から浮きあがった部分のみの摘出とするのが良いのかも知れない.
なお,本研究コホート30例のうち1例では,初回手術から12年後,4回目の再手術時に悪性転化が認められている.稀ではあるが,類上皮腫の中には長期追跡期間内に悪性化するものがあることは良く知られており(文献10,11),初回手術から40年後に悪性化した症例の報告もある(文献9).心に留めておきたい事実である.

執筆者: 

有田和徳

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