KRAS変異を伴う脳動静脈奇形にはMAPK経路とVEGFの二重阻害が効く:マウスモデル

公開日:

2025年12月5日  

Dual MAPK/VEGF inhibition for KRAS-mutated brain arteriovenous malformations

Author:

Naylor RM  et al.

Affiliation:

Department of Neurological Surgery, Mayo Clinic, Rochester, Minnesota, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:41172372]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Oct
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

近年,散発性脳動静脈奇形の75%以上でKRASの機能獲得型変異(G12DかG12V)が発見されている(文献1,2).これらの変異は下流のMEK/ERKシグナル伝達を介してMAPK経路の恒常的活性化を引き起こし動静脈奇形の形成に関わっている(文献3).
本研究ではマウスに,アデノ随伴ウイルスベクター(AAV-BR1-CAG)を用いて血管内皮特異的にKRAS-G12V遺伝子を導入して,脳動静脈奇形を作成し,これに対する新規治療戦略を検討した.
高用量のKRAS-G12V遺伝子導入が行われたマウスでは,低用量群に比べ有意に多くの出血性脳動静脈奇形が形成され,脳内出血負荷が高く,生存期間も短かった.

【結論】

KRAS-G12V遺伝子導入4週間後から,脳動静脈奇形誘導マウスに対してMAPK経路阻害剤(トラメチニブやRMC-7977)あるいは抗VEGF抗体の投与を行った.
トラメチニブ(MEK阻害薬)単剤は生存期間中央値を中等度に改善したが(8.4週 vs 6.4週,p =.049),RMC-7977(RAS阻害薬)単剤には有意な効果はみられなかった.抗VEGF抗体投与では生存期間はむしろ短縮した.
しかし,トラメチニブまたはRMC-7977と抗VEGF抗体との併用療法は生存期間を有意に延長し,特にRMC-7977+抗VEGF抗体群で最も顕著な効果がみられた(13.1週 vs 6.7週,p =.024).

【評価】

本研究では,ヒト脳動静脈奇形で高率にその存在が指摘されているKRAS変異遺伝子(KRAS-G12V)をアデノ随伴ウイルスベクターを用いてマウスの脳血管内皮細胞に導入したところ,用量依存的に脳動静脈奇形の形成を促進するだけではなく,脳動静脈奇形の破裂,出血も促進したことを明らかにしている.
さらに,作成された出血性KRAS変異脳動静脈奇形に対し,MAPK経路阻害剤(MEK阻害薬またはRAS阻害薬)とVEGF阻害剤の併用療法を行ったところ,脳動静脈奇形誘導マウスの生存期間が顕著かつ有意に延長することが明らかになった.MRI上でも併用療法群では対照マウス群と比較して脳内微小出血病変が減少していた.
本研究で使用されたMEK阻害薬のトラメチニブは,既に悪性黒色腫や非小細胞性肺癌に対して臨床使用されている薬剤であり,近年では頭蓋咽頭腫や小児のグリオーマなどの脳腫瘍に対しても臨床使用が始まっている(文献4-7).現在,頭蓋外の動静脈奇形に対してはトラメチニブ投与の第2相試験が進行中である(文献8).
抗VEGF抗体(ベバシズマブ)も10年以上前から悪性神経膠腫に対して使用されている.RMC-7977(RAS阻害薬)は現在,進行性固形癌に対する第1相臨床試験が進行中であり,近い将来,臨床の場に導入される可能性がある."
今後,脳動脈奇形に対する標準治療として,従来の摘出手術,定位手術的照射(ガンマナイフなど),血管内治療に加えて,分子標的薬治療が登場する日が来るかも知れない.問題は,脳動脈奇形の臨床例において,摘出術なしでどうやってKRAS変異を診断するかであるが,血管内手技による血管内皮生検あるいはリキッドバイオプシーの可能性が報告されている(文献9,10).今後の非・低侵襲的なKRAS遺伝子変異の診断とそれに基づく脳動静脈奇形の治療戦略の発展に期待したい.

執筆者: 

有田和徳

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