公開日:
2025年5月31日最終更新日:
2025年5月31日A contemporary, multiinstitutional analysis of transcription factor lineage in pituitary adenomas: comparative study of neuroimaging, histopathology, and clinical outcomes
Author:
Cheok SK et al.Affiliation:
Department of Neurological Surgery, University of Southern California, Keck School of Medicine, Los Angeles, CA, USAジャーナル名: | J Neurosurg. |
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発行年月: | 2025 Mar |
巻数: | Online ahead of print. |
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【背景】
従来,下垂体腺腫はその内分泌機能と下垂体前葉ホルモン免疫染色の結果に基づいて分類されていた.しかし2017年と2022年のWHOの改訂を経て,現在,下垂体腺腫はPitNETの名称に変わり,また腫瘍が発現する下垂体転写因子に基づき大別されることになった(文献1-4).しかし,各転写因子発現型毎の臨床像は十分には判っていない.USCなど米国の5つの下垂体腫瘍センターは,WHOが定義する3種の下垂体転写因子(TPIT,PIT1,SF1)の免疫染色が行われた下垂体腺腫手術症例238例(非機能性63%,GH産生22%,ACTH産生13%など)を対象に,各転写因子発現型毎の臨床像,手術後の腫瘍制御率などを解析した.
【結論】
転写因子発現型毎の内訳はSF1:43.7%,TPIT:22.3%,PIT1:19.3%,2種類の転写因子発現:14.7%であった.鞍上進展率はSF1腫瘍が最も高く(91.3%),PIT1腫瘍が最も低かった(54.3%)(p <.001).海綿静脈洞および斜台/蝶形骨への浸潤率はPIT1腫瘍で高かった(p =.002).Ki-67陽性細胞率はSF1腫瘍や2種転写因子発現腫瘍よりPIT1腫瘍とTPIT腫瘍で高かった(p =.003).
PFSは各発現型間で有意差はなかったが,非機能性PitNETにおけるSF1,PIT1,TPIT各腫瘍のPFS中央値は83ヵ月,26ヵ月,45ヵ月と差があった(p =.002).
【評価】
2022年のWHO内分泌腫瘍の分類では,従来下垂体腺腫と呼ばれていた下垂体前葉由来の腫瘍はPitNETと称されることとなり,3種類の下垂体転写因子(TPIT,PIT1,SF1)の発現によって大別され,さらにホルモン産生能なども加味して10種類に分類され,転移性PitNET(以前の下垂体癌)も併せて合計11種類に分類されることになった.
しかし,このように分類された下垂体腺腫(PitNET)の各転写因子発現型毎の臨床像については,未だに充分なデータの蓄積がない.本稿は米国の5ヵ所の下垂体腫瘍センター(USC,BNI,Brigham and Women's Hospital,Northwestern Memorial Hospital,Henry Ford Hospital)で,2017年からの4年間に摘出手術を受けた下垂体腺腫のうち上記3種の下垂体転写因子の免疫染色が実施された238例を対象に,その臨床像や手術後の腫瘍コントロール状況を解析したものである.その結果,下垂体腺腫の転写因子に基づく分類は,腫瘍の進展,トルコ鞍外成長パターン,Ki-67陽性細胞率,PFSの違いなどの主要な臨床像と相関することが示された.また,肉眼的全摘出後の生化学的寛解(ホルモン正常化)率はPIT1腫瘍で88.2%,TPIT腫瘍で93.8%,2種類の転写因子発現腫瘍で72.7%と軽度の差が認められた.
本研究の最大の問題点は,米国の主要な5ヵ所の下垂体腫瘍センターから上がってきたデータとしては,症例数が4年間で238例と少なく,実際の手術症例全体の極く一部と思われる点である.すなわち,転写因子の免疫染色を行うかどうかの段階で選択バイアスがかかった可能性を否定できない.著者らも、より大きな腫瘍や経過が複雑な腫瘍が転写因子免疫染色の対象となった可能性を示唆している.
今後は大きな下垂体腫瘍センターの症例を対象に転写因子と下垂体ホルモンの免疫染色を悉皆的に実施し,本研究で示された下垂体腺腫の転写因子発現様式と臨床像の関係を検証すべきである.さらにはWHO 2022のPitNETの分類で提示されている11種類の腫瘍全てについても複数のセンターの共同研究を通して,各腫瘍の臨床像が明らかになることを期待したい.
<コメント>
本研究ではPitNETに対して,これまでの分泌ホルモンによる分類に加えて,転写因子による分類を行うことを通してその臨床像を明らかにしている.特に,非機能性PitNETにおいては転写因子の発現様式によってPFSが統計学的有意差をもって異なっており,発現する転写因子が非機能性PitNETに対する予後予測因子となりうることを示したことは意義深い.しかし,やはり問題なのは,4年間にわたる多施設共同研究でありながら,サンプルサイズが極めて小さくなってしまったことであろう.各施設でどのくらいの数の症例が対象から除外されたのか不明である.本研究では,機能性PitNETに対する術後の薬物治療として記載があるのはPIT1陽性の5例のみであり,再発が確認されるまでの間に術後に放射線治療を行った症例はなかったとしている.機能性PitNETに対して,補助治療を行った症例があまりに少ない印象である.本論文の著者らの考察とは異なり,むしろ,より大きな腫瘍,より浸潤性の高い腫瘍,経過が複雑な腫瘍が除外されている可能性があるのではないだろうか.また,各施設の免疫染色のプロトコルの違いから,全てのマーカーが染色されているわけではなく,それらがnegative/unknownとして組み入れられており,偽陰性の症例が含まれている可能性がある.これらの割合もどのくらいだったのか気になるところである.PitNET症例全体に対する悉皆的で,かつ明確な染色プロトコルによる研究が望まれる.(鹿児島大学脳神経外科 菅田淳)
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Mete O, et al. Overview of the 2017 WHO Classification of Pituitary Tumors. Endocr Pathol. 28(3):228-243, 2017
- 2) Ho K, et al. Pituitary Neoplasm Nomenclature Workshop: Does Adenoma Stand the Test of Time? J Endocr Soc. 5(3):bvaa205, 2021
- 3) Asa SL, et al. Overview of the 2022 WHO Classification of Pituitary Tumors. Endocr Pathol. 33(1):6-26, 2022
- 4) Asa SL, et al. Pituitary neuroendocrine tumors: a model for neuroendocrine tumor classification. Mod Pathol. 34(9):1634-1650, 2021
参考サマリー
- 1) やはり下垂体腺腫の呼称は廃止されるべきである:WHO内分泌腫瘍第5版(2022)下垂体部腫瘍の概要が明らかに
- 2) やっぱり“下垂体腺腫”ではなく,“下垂体部の神経内分泌腫瘍(PitNET)”でなければならない
- 3) “下垂体腺腫” は時の試練に耐え得るのか? PitNET問題に対するPituitary Societyのワークショップ(PANOMEN)の声明
- 4) 複数の下垂体転写因子が発現している多ホルモン性下垂体腺腫はアグレッシブである
- 5) サイレント・コルチコトロフ下垂体腫瘍(SCT)の臨床像:29報告985例のメタアナリシス
- 6) 特定の発生系統を示さない下垂体腫瘍(pituitary tumours without distinct lineage differentiation:WDLD)は幹細胞マーカーSOX2を発現する
- 7) PIT-1発現下垂体腫瘍はKnospグレード 0–2でも海綿静脈洞壁に浸潤しやすい:スタンフォード大学
- 8) 非機能性下垂体神経内分泌腫瘍(nonfunctioning PitNET)とは何か:レビュー
- 9) アグレッシブ下垂体腫瘍と下垂体癌の臨床像:欧州内分泌学会サーベイの171例