機能的半球離断手術時の一側脈絡叢凝固は術後水頭症発生を抑制する:UCLAの69例

公開日:

2023年3月6日  

Preliminary Experience Suggests the Addition of Choroid Plexus Cauterization to Functional Hemispherectomy May Reduce Posthemispherectomy Hydrocephalus

Author:

Phillips HW  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, David Geffen School of Medicine at University of California, Los Angeles, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:36637266]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2023 Feb
巻数:92(2)
開始ページ:300

【背景】

片側半球に広範なてんかん原性を有する小児の難治性てんかんに対する機能的半球離断術は有効な治療法であるが(文献1),離断後水頭症は25%前後で生じている(文献2).本稿はUCLA脳外科による側脳室脈絡叢電気凝固による術後水頭症予防に関する報告である.彼らの機能的半球離断術では,前部側頭葉切除+内側側頭葉構造切除+島回切除の後に,経側脳室的に脳梁を内頚動脈分岐部から側脳室三角部まで離断,後方は大脳鎌-小脳天幕レベルまで離断した.2011年からの10年間で実施した68件の半球離断術のうち,一側の側脳室脈絡叢を完全に電気凝固したのは26例(38.2%),非凝固は42例(61.8%)であった.

【結論】

脈絡叢電気凝固症例は非凝固例に比較して,シャントを要する手術後水頭症の発生率は有意に低かった(7.7[2例] vs 28.7%[11例],p=.033).初回手術で脈絡叢を電気凝固した21例では,シャント手術を要した症例はなかった.両群の術後けいれん完全消失率(65.4 vs 59.5%),感染を含む合併症率(3.8 vs 2.4%),出血率(0.0 vs 2.4%),離断術再手術率(19.2 vs 14.3%)は同様であった.脈絡叢凝固例に比較して,非凝固例で術後シャント手術が必要となるオッズは8.36(p=.026)であった.

【評価】

この,単施設の後方視研究は,半球離断術後の水頭症発症予防に,一側の側脳室脈絡叢電気凝固が有益な方法であることを明らかにした.また,一人の水頭症発症を防止するために必要な脈絡叢電気凝固術施行症例(NTT=必要治療数)は4.8と比較的小さく,有用性の高さを示した.さらに,年齢・性・体重・てんかんの原因・再手術・脈絡叢電気凝固といった因子をロジスティック回帰解析したところ,多変量解析で,独立した術後水頭症予測因子であったのは,脈絡叢電気凝固をしないことと再手術例であった.さらに,手術後の脳室ドレナージからの髄液排出量の多さの予測因子は脈絡叢電気凝固をしないことであった.
本研究では,2011年から10年間に行われた機能的半球離断術68件のうち最初の5年間の34件は脈絡叢凝固非実施,後半5年間に実施の34件中8件が脈絡叢凝固なしで,26件が脈絡叢凝固実施であった.当然のことながら,脈絡叢凝固実施症例の追跡期間は平均1.74年で,非実施症例の平均4.94年に比較して有意に短い.このことが,シャントを要する手術後水頭症の発生率に大きく関係している可能性は大きい.しかし,追跡期間を4年以下に区切って2群を比較しても脈絡叢凝固非実施症例の方が経年的にシャント術を要する症例が多かった(Log-rank,p=.025).
過去100年にわたって,「脳脊髄液は側脳室脈絡叢で産生され,第三脳室,第四脳室,脳表の順に一方向に流れて行き最後にくも膜顆粒で吸収されて静脈洞内に流入する」というbulk flow説あるいはthird circulation説が信じられてきた(文献3).しかし,近年のglymphatic systemの発見や硬膜リンパ管からの髄液吸収の発見(文献4,5)は,このbulk flow説の根拠を奪いつつあり,脳脊髄液は主として脳内から排出される間質液から生成されるという理解に変わりつつある.そして脈絡叢も脳脊髄液を産生はするものの,その主たる産生部位ではなく,様々なサイトカインやホルモンを分泌しており,第三脳室壁に接する視床,視床下部,松果体などの脳室周囲器官,視交叉上核に作用してホメオスタシスの維持に重要な役割を担っていることがわかってきた(文献6,7).
しかし本研究は,かつてのbulk flow説のリバイバルにつながる様な結果を示しており興味深い.また,難治性てんかんで悩む患者・家族にとって大きな福音となるかも知れない.本研究結果は,多施設コントロール研究で実証されるべきである.
一方,今やホメオスタシスの維持に重要な役割を担っていることが明らかになった脈絡叢のうち一側を焼灼することが及ぼす長期の認知・行動に対する影響も明らかにされなければならない.

<コメント1>
大脳半球離断術後の水頭症を予防するための脈絡叢凝固の有効性を探った興味深い研究である.脈絡叢凝固は水頭症に対する古典的な治療アイデアであるが,歴史的にその効果が疑問視されており,また近年ではその根拠となるbulk flow説も疑われている.
本研究を解釈するにあたって,いくつか注意点がある.一つは,脈絡叢凝固実施群と非実施群の術者が異なる点である.術中出血量や手術時間,操作の丁寧さなど,手術には術者に関連する要因が多分にある.これを理論的に検証するのは難しいが,外科医としては無視しえない影響があるように感じられる.
もう一つは,脳室ドレナージを用いた管理と対応である.炎症や発熱が術後水頭症の発生に関係すると考えられる過去の報告があるが,本研究の対象患者は全例で術後にステロイドを使用し,脳室ドレナージを留置している.脳室ドレナージの留置期間は平均7日以上と長く,ドレナージから離脱できなかった例はそのままシャント術に移行している.大脳半球離断手術からシャントまでの期間を生存解析した結果を見ると(Fig 3),脈絡叢非凝固群は術後すぐにシャントに移行した症例が多いように見え,この差が全体の統計学的有意差に影響した可能性も考えられる.一般的に術後水頭症は慢性期に生じることが多く,脳室ドレナージによる過剰な髄液排出がシャント依存につながった可能性はないだろうか.脳室ドレナージからの髄液排出量は脈絡叢凝固群で少なかった.脈絡叢凝固が髄液産生を抑制した結果と思われるが,これが脳室ドレナージからの離脱に寄与した可能性があると思われる.
いずれにしても興味深い試みであることは間違いなく,他の施設での検証が期待される.(国立精神・神経医療研究センター病院脳神経外科 岩崎真樹)

<コメント2>
著者らが言っているように半球離断後の水頭症合併は常に懸念となるものであり,なるほど,そうしてみようかと思わせる研究結果である.側脳室を解放しつつ,つまり脈絡叢をランドマークとして離断操作をすすめていく上で,特に追加の手技を要することもなく,術後の水頭症が予防できればこれに越したことはない.ただ,詳細を突き詰めれば,何点かあきらかにしてもらいたい点はある.まず,シャント術の適応基準について,画像上での診断か,症候性なのか,が示されていない.もし画像上での適応であれば,凝固群では,水頭症変化が単に軽減されただけではないのか.また,半球離断後には外水頭症もよくみられる所見であり,凝固後の内外水頭症の出現の程度や割合,といった点は気になるところである.さらにbulk flow説を根拠として,脈絡叢凝固による髄液産生の減少が水頭症の発生率を低下させたとする場合,髄液のターンオーバーを考えると,健側の脈絡叢から産生される髄液量は決して無視できないと思われるのだが,この点はどうなのだろうか.いずれにしても多施設コントロール研究において,理論的でなくともその効果を実証してもらいたい手技である.(広島大学病院てんかんセンター 飯田幸治)

執筆者: 

有田和徳