中枢神経系原発悪性リンパ腫疑い症例に対して,生検前にステロイドを投与すると,どれほど組織診断率が下がるか?: 19報告1226例のメタアナリシス

公開日:

2024年5月22日  

最終更新日:

2024年5月24日

Preoperative Corticosteroids Reduce Diagnostic Accuracy of Stereotactic Biopsies in Primary Central Nervous System Lymphoma: A Systematic Review and Meta-Analysis

Author:

Tosefsky K  et al.

Affiliation:

MD Undergraduate Program, Faculty of Medicine, University of British Columbia, Vancouver, British Columbia, Canada

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ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2024 April
巻数:
開始ページ:

【背景】

脳原発悪性リンパ腫は原発性脳腫瘍の約4%を占める(文献1,2).脳原発悪性リンパ腫が疑われる症例の生検術前にステロイド剤を投与すると生検が空振りに終わることがあるというのは脳外科医にとっての半ば常識であるが,本当にそうなのか.術直前に中止や減量をしてもだめなのか.ブリティッシュ・コロンビア大学脳外科は過去の19報告1,226例のメタアナリシスを行った.対象症例のうち679例(55%)で,術前に平均6.7日間,デキサメタゾン当量17.5 mg/日のステロイド剤投与が行われていた.実際,最も一般的に使用されていたステロイド剤はデキサメタゾンで,4 mgを6時間おきに投与しているケースが多かった.

【結論】

ステロイド剤投与例では非投与例に比較して生検術が失敗(診断不能)に終わる頻度が高かった(19 vs 5.7%,相対リスクRR =2.1,95% CI:1.1-4.1).年齢,性,報告年,研究の質と生検による診断成功率との間に相関はなかった.定位的生検術を行った症例では 診断不能率の 差はより大きかった(34.3 vs 4.7%,RR =3.0,95% CI:1.2-7.5).ステロイド剤の使用期間,使用量,術前減量は生検術の成功率に影響を与えなかった.ステロイド剤投与によって全体で15%に腫瘍退縮が認められたが,それらの症例では特に生検失敗率が高かった(92.9%,p <.001).

【評価】

中枢神経原発悪性リンパ腫の90%はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)であるが(文献3),その診断は臨床症状や画像所見のみでは困難で定位的生検手術や開頭生検手術が必須である(文献3,4).近年,フロー・サイトメトリーを含めた髄液細胞診も導入されているが,その感度は低く,診断までに時間も要する(文献4).本メタアナリシスでも髄液細胞診の感度は8.0%に過ぎなかった.
一方,中枢神経原発悪性リンパ腫はステロイド剤に対する感受性が高いため,占拠性効果が高く強い神経症状を呈しているものに対して准緊急で使用することがあるが,これによって組織診断が困難になることが多い(文献5).このため,組織診断前のステロイド剤の投与は極力避けるべきであるというのが脳外科医の“常識”である(文献6,7).ただし,やむを得ず使用した症例では,投与を一時中止することによって,組織診断率が上がるという報告もあるが見解は定まっていない(文献8).
本研究は,過去30年間の19報告1,226例という多数例を対象としたシステマティックレビューである.その結果,中枢神経原発悪性リンパ腫に対するステロイド剤の投与は使用量,使用期間,術前減量の如何にかかわらず,生検手術を失敗に終わらせる可能性が高いことを明らかにしている.特に定位的な生検術では,ステロイド剤投与症例において組織診断は不成功に終わる可能性がより高かったが,これは,採取する組織量が限られていることによるものと思われる.実際,本レビューの対象症例のうち127例で実施されていたopen biopsy(開頭手術による腫瘍部分摘出)では診断不能例は1例もなかったという.
したがって著者らは,強い占拠性効果のため,やむを得ずステロイド剤を使用せざるを得ない場合,放射線化学療法を遅滞なく開始するために,定位的な生検術ではなく,open biopsyによって十分量の試料を得るべきであると述べている.
一方最近,国立がん研究センターのYamagishiらは,髄液中cell free DNAのデジタルPCRを用いた解析を行い,MYD88 L265P変異の検出によって,100%近い感度/特異度で中枢神経悪性リンパ腫を診断出来ることを報告している(文献9).将来生検術に代わり得るのか,今後の発展に期待したい.

<コメント>
本論文のAbstract の書き出しが,Despite general acceptance that corticosteroid therapy (CST) should be withheld---とあるように,中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)を疑った場合にはステロイドを投与せずに生検を行うのは日本も海外も脳神経外科医にとって常識である.不思議なことに,PCNSL患者は初診で脳外科を受診することが多く,多発性硬化症等の脱髄疾患患者は脳神経内科を受診することが多い.これは症状の進行がPCNSLのほうが早いことによると思われる.そのため,脳神経外科医は脱髄疾患の,脳神経内科医はPCNSLのMRI像を鑑別することが難しい.脳神経外科医は迷ったら生検することが多いが,脳神経内科医はパルス療法としてステロイドを投与してしまうことが多いため,PCNSLの組織診断が困難となる.本論文では、ステロイド投与期間中央値は6.7日(5.5-7.9日)と思った以上に短かく,1回目の生検で診断がつかず,2回目の診断でついた症例のステロイド投与期間中央値は30日であった.組織診断のついたPCNSL患者のステロイド投与の期間・量・再手術前の減量期間と,診断確定については,関連がなかったと著者らは述べている.
NCCNのガイドラインをみても,ステロイドで消失・縮小した病変でPCNSLが疑われた場合には,再増大時に生検を試みることが妥当と考える.PCNSLでもステロイドを使用せざるを得ない状況もあるが,ステロイドを使わないために必要なことは,PCNSLを疑ったらすぐに生検することであり,当院では初診から3日以内に局麻でナビゲーションガイド下の生検を行うこととしている.また,本論文では,山岸先生(国立がん研究センター研究所・杏林大学)の髄液のMyD88変異の検出がPCNSLの診断に有用であるとの研究結果も紹介されているが(文献9),PCNSLの病態解明やバイオマーカー解析のためには,まだまだ組織診断も必要であると考える.
PCNSLしか考えられない画像・経過であっても,組織診断が出ない場合は,症状が落ち着いている場合は,MRI上増大するまで待って再度生検をするべきであろう.一方,我々の経験と文献を渉猟する限り,5年たってもMRI上変化がない場合は,PCNSLを否定しても良いと考えられる(文献10).(国立がん研究センター脳脊髄腫瘍科 成田善孝)

執筆者: 

有田和徳