米国の脳外科レジデントはどのくらいの論文数を有しているのか:119プログラム1,690名の調査

公開日:

2024年6月10日  

最終更新日:

2024年6月12日

Analysis of neurosurgery resident research activity in the United States

Author:

Vought R  et al.

Affiliation:

Department of Neurological Surgery, Rutgers New Jersey Medical School, Newark, NJ, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:38701523]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2024 May
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

米国では,脳外科レジデントになること自体,またその後のキャリア形成にとって,学術論文業績のウェイトがどんどん高くなっている(文献1,2).では,彼らは実際にどれだけの論文を書き,またその質はどうなのか.本稿はニュージャージー医科大学の学生達(BA,BS)の手によるWEBベース全国調査である.対象は,米国の119のレジデントプログラムに2023年現在属している1,690人(医学部卒業後1年目-7年目)の脳外科レジデント(女性25%,米国の医科大学卒業93%).調査は所属各プログラムのウェブサイト,Doximity(医師専用SNS),LinkedIn,Scopus,PubMedのデータを用いた.

【結論】

米国の現在の脳外科レジデントのこれまでの執筆論文数は一人あたり平均17本であった.卒後1年目では平均11本であるが卒後7年目では平均22本と倍増した.対象全体で,h-indexは平均5.5,w-RCR(相対引用率の合計)は16.9で,これらの3指標は卒後年数と共に高くなった.
これら3指標は女性レジデントより男性レジデントで高く(いずれもp <.01),PD校(Osteopathy医養成校)の出身者よりも通常のMD校出身者で高く,アメリカの医学部出身者より外国の医学部出身者で高かった(p <.001).またこれらの指標は,出身大学医学部の全国ランキングが高くなるほど高かった.

【評価】

本稿によれば,全脳外科レジデントのうち出身大学医学部のレジデントプログラムに属しているのは19.6%に過ぎず,また全国ランキングが高い(上位25校)医学部のレジデントプログラムに属しているレジデント数は全体の26.4%を占めるのに対して,下位(101位以下)の医学部のレジデントプログラムに属しているレジデント数は5.6%であった.これをみると,米国の脳外科レジデント志望者は,出身大学の医学部にこだわることなく,より名声の高い医学部の脳外科レジデントプログラムへの登録を求めて活動していることがうかがえる.実際,米国のレジデント希望者は50くらいのレジデントプログラムに応募書類を送るという.レジデントを採用する側でも応募者の科学的生産性は重要な評価基準であるので,脳外科レジデント希望者は医学部に在籍している段階から論文を産生しなければならないという強いモチベーションを有していることになる.こうした事情を背景に米国の脳外科レジデント応募者の論文数は年々増加しており,本論文データが採取された2023年では11本に達している.2016年発表のKistkaらの調査によれば,米国の脳外科レジデント応募者(多くは医学部卒業後1年目)で,査読有り論文(共著を含む)を有している者は2006年の47%から6年後の2012年には97%に増加,査読有り論文数の中央値も0から3本に増加している(文献2).今回の調査(2023年)では中央値が7本であり,今後もこの趨勢は続くものと思われる.
ちなみに,本論文の執筆者8人のうち4人の称号がBAかBSであるから医学部在籍者であることが推測される.もしかするとこの論文の著者らも脳外科レジデントを目指しているのかも知れない.一方,日本ではレジデント応募者(多くは医学部卒業後3年目)で査読有り論文を有しているものはほぼ皆無であろう.
さらに,レジデントとしての厳しい修練が終わって脳外科ボードをとっても,そのまま自動的にレジデントを行った施設でフェローシップのポストが得られるわけではないので,良い条件のポストを探す必要性があるが,その際も執筆論文の数と質は重要なセールスポイントである(文献3,4).こうして脳外科レジデント期間中も執筆論文数が増加することとなる.
ちなみに,明記されてはいないが,本論文で言う論文数とは,共著論文も含んでいるものと思われる.それでもレジデント7年目で22本というのはうらやましい数である.ちなみに鹿児島大学脳外科のレジデント(4年間)の総数は20名であるが,このうち英文執筆論文数が最高の者(R.M.)の総数は10本で4本が筆頭著者である.日本ではこういう例はかなり稀だと思うが,米国の脳外科レジデントではそのくらいは当然という話になる.この差が10年後,20年後に何を産み出すのかは容易に想像が出来る.暗澹たる気持ちに陥るのは自分だけだろうか.
少し気になるのは,女性レジデントは論文数,h-index,w-RCRともに男性レジデントより低かったことであるが(いずれもp <.01),m-RCRには差がなく,論文のインパクトでは男性レジデントのそれと差がないことが明らかになっている.すなわち論文執筆の機会があれば,脳外科の女性レジデントも男性同様,質の高い論文を書くということを意味している.
ところで,米国で医師を養成する医学部には日本の医学部と同様の西洋医学のみを教える医学校(MD養成校)と,オステオパシー医学を中心に教えてきた医学校(DO養成校)があり,医学部全体の25%がDO養成校となっている.授与される学位はMDとDOと異なるが,「医師」として施行できる医療行為に差はなく,その医療の質にも差はない(文献5).ただし本稿では,米国脳外科レジデントでDOは全体の3%に過ぎず,これまでに執筆した論文数も少なかったという(12.5本 vs 17.0本,p <.001).やはり,科学的生産性という面ではMDとDOの間には差があるということか.
本研究で使用している指標について簡単に説明する.h-indexとは開発者の米国物理学者Hirsch JE氏を冠した指標で,ある研究者が過去に発表した論文のうち,被引用数がn回以上である論文がn本以上ある場合,その研究者のh-indexはnとなる.すなわち研究者の研究業績の質と量の両方を反映する指標になっている(文献6).日本人で最高のh-indexを有する研究者は元大阪大学総長でインターロイキン-6(IL-6)の発見者の岸本忠三先生で,h-index 134である(文献7).
RCR(相対引用率)とは,米国の国立衛生研究所(NIH)の科学者グループが開発した新しいアルゴリズムで,ある論文の被引用数をその論文の掲載年度の掲載学術誌の期待被引用率(Expected Citation Rate)で除した値である(文献8,9).RCRが高い(>1)論文は同じ分野で同じ時期に発表された他の論文より注目度が高いということになる.m-RCRはある研究者の全執筆論文のRCRの平均値で,本研究で対象となった米国の全脳外科レジデントのm-RCRの平均値は1.4であったというから,実際の引用数が期待被引用率より1.4倍高かったことになる.一方w-RCRは,ある研究者の全キャリア内のRCRの合計値である.

<コメント1>
非常に興味深い論文で,日本の専攻医にも良い刺激になると良いと思います.私が米国でレジデントをさせていただいたのは今から30年以上前の話ですので参考にならないかもしれませんが,その頃から米国で良い脳神経外科プログラムに入るには,かなり成績が良くないと選ばれないという状況でした.米国全体で140ほどの施設が脳外科レジデントを取ることができ,年間手術症例数や教育プログラムの質に応じて配分される学生の数が決まっていて,年間手術症例数2,000例以上で2名,3,000例以上で3名といった具合で,当時Mayo Clinicでは年間2名の研修医を採用していました.正式研修医に組み込まれるには学生時代から論文を書いていて,ハーバード系の病院などに採用される人の中にはNatureやScienceといった論文のfirst authorを持っている者がいたと聞いています.またどこの研修病院でも採用する脳神経外科レジデントの医学生時代の成績はακωという称号を持つ上位10%以内の学生がほとんどでした.一方,病院によってはAcademicに進むのを推奨する傾向が強い施設とPrivate practiceを希望する者が多い施設など様々で,当時MayoはむしろPrivate志向の強い研修医が多く,周りにはあんまり論文を書いている者はいない印象でした.私もせいぜい7年間で10本程度でした.それでも多い方でした.ただ中にはすごいのもいて,オランダからいきなりMayoの研修医になった者は,研修時代からNEJMにレビューなんか書いていました.一般にこの論文でも指摘されているように海外からのGraduateの方がHungryな人が多かったです.一方で,90年代からは,今でいうDiversity化の義務が各departmentに課されるようになり,女性の割合を増やすこと,有色人種(黄色人種は入らない)の割合を一定以上保つことが課されるようになったため,今回の統計でもその頃採用された女性研修医のデータが入っているので,女性の方は低い論文数なのかもしれません.日本と同様,今は全く様相を異にしますが,当時は「この女性はすごいな!」という先生とはあまりお目にかかりませんでした.現在欧米では,超優秀と思える女性脳外科医が多く,chairmanがたくさん生まれていますね.10年後の論文数は男女逆転しているのではないかと思います.
いずれにしても,米国のレジデントが研修終了までに平均17本という論文を書いている(共著含むと思う)のを知って,ぜひ日本の先生たちにも奮起を促したい.(東京労災病院院長 森田明夫)

<コメント2>
大変興味深く本論文を拝読した.筆者が知るアメリカの大学脳外科教室では主任教授の指導方針により,レジデントは7年間のうちの4,5年目をベッドフリーでリサーチに充てる.2年間の業績は人により様々で,何も皆が皆,高インパクトファクターの雑誌に筆頭著者として論文をアクセプトさせているわけではない.やはり論文を書くのが苦手な人,2年間をぶらぶらして過ごしている(ように見える?)のんびり屋さんはアメリカにも存在するのだ.勿論,日本の同年代のレジデントでは考えられないような高度な研究プロジェクトに参加して,素晴らしい成果を挙げる人が毎年複数いることも確かではあるが.では,この論文のような結果(7年間のレジデントが終わるころにはひとり平均17本のpublication,h-index 5.5)がでるのは何故か.それを理解するために付け加えなければならないのは,“論文数=自分が書いた論文数”ではないということだ.さきに「ひとり平均17本の論文を執筆し」とは書かずに「ひとり平均17本のpublication」と言葉の定義を曖昧にしたのはこれが理由だ.h-indexの計算には当該研究者が筆頭著者である必要はない.例えば10人いる共著者のなかの一人,例えばauthorの順番で5-6番目であったとしても,引用数の多い論文が多数あればh-indexも高く,総論文数が少なかったとしても特定論文の強さに引っ張られる形でRCRも高くなるはずである.ということは,high impactのジャーナル採用が期待される研究プロジェクトに複数参加していれば,h-index,RCRといった指標は向上する.
さらに付け加えたいのは彼らレジデントのマインド(今風に言えば自己肯定感)である.その論文,研究成果を教室カンファレンスで発表するにあたって,筆頭著者ではないという理由で自分を卑下する雰囲気は全くない.たとえ10人の共同研究者の中の1人であっても堂々と胸を張って自分の業績として報告し,それを聞く指導者側もそれを正当に評価する雰囲気,教室としての文化がある.ひょっとすると主任教授は研究内容よりも,多くのプロジェクト,共著に組み込まれたことを持ってレジデントの協調性,コミュニケーション能力を見たいのではないかと思える節さえある.
となると,自他共に肯定的な雰囲気のもと,母国語である英語を使い,お互いを複数のプロジェクトに組み込むシステムがあれば,この論文のような結果になることはとても理解できる.勿論,アメリカ脳外科レジデント個々の高い能力は否定しないが,こういう背景があることも強調したい.さらに言えば,日本人医師が憧れるような一流雑誌掲載論文の筆頭著者が医学部生であることも珍しくない.その一編の論文が,医学部生にとっては希望診療科にマッチするための,それを指導したレジデントにとっては将来の進路決定を有利に進めるための材料となり,レジデントを指導する教官にとっては業績として価値の高いlast authorになれるというメリットがある.つまり,全員がwin-win situationであるこのシステムに所属すれば自ずと論文,各指数が増えていくはずである.
ひょっとすると,日本に最も足りないのはこの“いつも,どんな内容でも堂々と胸を張れる”若手のマインド,それを肯定的に取り上げる指導者側の姿勢,論文作成がお互いのメリットを生み出せるシステム作りではないだろうか.(The University of Iowa 脳神経外科 山口智)

執筆者: 

有田和徳