後頭蓋窩手術におけるrhomboid lipの意義:304例の解析

公開日:

2024年8月9日  

最終更新日:

2024年8月9日

Clinical, Anatomical, and Histological Features of the Rhomboid Lip and Considerations for Surgery Using a Retrosigmoid Approach: A Retrospective Study

Author:

Akiyama O  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Juntendo University Faculty of Medicine, Tokyo, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:39013501]

ジャーナル名:World Neurosurg.
発行年月:2024 Jul
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

Rhomboid lip(菱形窩唇,以下RL)は,第四脳室腹側壁の外側からルシュカ孔に延びる神経組織で出来たシート状の膜で,正常構造である(文献1).RLは,時にポーチ状となって,Luschka孔を超えて舌咽・迷走神経の背側まで進展することがある(文献2,3,4).このポーチ状のRLは,最近の高分解能MRIで描出されたり,後頭蓋窩手術中に気付かれることがあるが,その臨床的意義は不明である.
順天堂大学脳外科は2016年から6年間に,後S状静脈洞法で行った後頭蓋窩手術(顔面けいれん,神経鞘腫,髄膜腫など)の304例を後方視的にレビューし,RLが発見される頻度やその形態等につき解析した.

【結論】

RLは75例(24.7%)で発見された.このうちRLが脈絡叢外側縁を超えない非進展型は41例,RLが脈絡叢外側縁を超える外側進展型は22例,さらに頚静脈孔に達する頚静脈孔型は12例であった.RLの厚みは,RL腹側の構造が透見出来る膜状RL61例,厚くて透見出来ない実質状RL14例であった.37例でRLの頂点に静脈が存在していた.42例でRLを切開したが,これによる合併症はなかった.術前MRIでRLが認められたのは1例のみであった.組織学的に,RLは上衣細胞層,神経膠細胞層,結合組織層で構成されており,神経膠細胞層の厚みがRL膜の厚みを左右しており,実質状RLでは神経膠細胞層が厚かった.

【評価】

後S状静脈洞法(retrosigmoid approach,外側後頭下開頭法)による後頭蓋窩手術,特に顔面けいれんの手術で稀に経験されるrhomboid lip(RL,菱形窩唇)に関する臨床研究である.本研究では後S状静脈洞アプローチで手術を行った後頭蓋窩病変304例のうち75例(24.7%)で,術中にRLが認められた.75例のうち37例は顔面けいれん,32例は神経鞘腫に対する手術中であった.この24.7%という頻度は,過去に報告された顔面けいれん手術中のRL発見頻度,26.5%(Nakahara,文献4),29.1%(Amagasaki,文献5)と一致している.
顔面けいれんの手術に際して出会うRLのうちルシュカ孔の外側に局在する小さなもの(非進展型)では手術手技に影響を与えることは少ない.しかし,大きなもの(外側進展型や頚静脈孔型)では顔面神経REZ(root exit zone)を直視する際の妨げとなる.そのようなケースでは,このRLの膜を舌咽神経の上縁に沿って切開し,内側すなわちルシュカ孔方向に切開を延ばして,脈絡叢-小脳片葉を挙上しながら顔面神経REZを直視する必要性がある.このRLの存在を知っていれば容易な手技ではあるが,知っていなければ,特にRLの腹側の構造が透見できない実質状(parenchymal type)RLでは,相当に戸惑う可能性がある.いずれにしても,切開して視野が展開できれば良いので,RL膜を周囲の脳神経から切除する必要性はない.
ではこのような大きなRLは何故できるのか.この点に関してハンガリーのBaranyらは,ルシュカ孔の閉塞と憩室状の拡張が背景にあると考えているようである(文献3).彼らの,カダバー脳のルシュカ孔122個を対象とした顕微鏡下観察では,11個(9%)でルシュカ孔の閉塞(primary obstruction)が認められた.このうち8個ではルシュカ孔は小脳表面に存在する小さなポーチ状に突出しており,2例ではポーチが橋と小脳の間に進展しており,1例では厚い膜を有するポーチが小脳橋角部に突出していた.また組織学的に,このポーチは上衣細胞,神経膠組織,軟髄膜の3層からなり,マジャンディー孔の閉塞によるBlake's pouch cyst(文献6,7)と同じ組織構造を有していると述べている.

執筆者: 

有田和徳