オランダの脳神経外科医に対する医療訴訟の現況:脳外科医一人あたり6.5年に1回は訴えられ,8割は脊髄関係

公開日:

2024年9月14日  

Medical Malpractice in Neurosurgery: An Analysis of Claims in the Netherlands

Author:

Dronkers WJ  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Erasmus University Medical Centre Rotterdam, Rotterdam, The Netherlands

⇒ PubMedで読む[PMID:39058041]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2024 Jul
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

医療過誤訴訟についての研究は,医療の質と患者の安全性の向上,医療提供者への教育という面で重要である.
本研究は,オランダにおける脳神経外科への医療過誤賠償請求の特徴を明らかにする目的で,オランダの大手保険会社2社が受け付けた脳神経外科領域の損害賠償請求について解析したものである.
2007年から2021年の15年間に,388件の脳外科医に対する賠償請求の訴えに関する結果(判決や調停による終了)が出た.このデータに基づけば,オランダの脳外科医(約150名/全人口1,790万人)一人当たりの年間推定損害賠償請求リスク(EAR)は15.5%で,脳外科医一人当たり6.5年に1回訴えられたことになる.

【結論】

388件の訴えに対して,230件(59%)では脳外科医の責任は否定された.388件の訴えに対する総支払額は€6,165,000(約10億円)で,患者サイドへの支払額は€5,497,000(約9億円)であった.患者一人当たりの支払額中央値は€10,000(161万円)であった.
訴えの中味が詳細な238件では,訴えに関する疾患の内訳は,脊髄疾患81.5%が最多で,頭蓋内疾患10.9%,末梢神経疾患7.6%が続いた.訴えの趣旨は手術過誤56.3%,診断過誤22.3%であった.この238件では,63.4%で訴えが退けられ,17.6%で調停が成立し,13.0%で患者の訴えが認められ,5.9%が審理終了後未判定であった.

【評価】

大手保険会社2社(Centramed,MediRisk)のデータベースに基づいたこの研究では,オランダの脳外科医の年間損害賠償請求リスク(EAR)は15.5%で,平均6.5年に1回訴えられていた.ただし,訴えの多くで,脳外科医の責任は否定され,実際に裁判や調停で脳外科医不利の裁定が出るのは約3割であり,脳外科医がそのような訴えに遭遇する頻度は18.7年に1回であった.また,脳外科医不利の裁定が出た場合の患者への支払額は中央値€10,000(約161万円)(IQR:€30,900)であった.
2011年の報告では,米国の脳外科医のEARは19%,すなわち平均して約5年に1回の医療過誤訴訟を受け,平均$344,811(約4,800万円)の損害賠償金を支払っているとされている(文献1).オランダにおけるEAR 15.5%というのは米国よりも少し低いくらいであるが,患者への支払額€10,000というのは米国に比べてかなり低い.これは米国と異なり,オランダでは日本と同様に国民皆保険制度が確立しているため,脳外科での診療後に生じた障害に対する治療やケアも医療保険と介護保険でカバーされることによるのであろう.
一方,日本の脳外科医に対する医療訴訟で結審が出たもののうち,裁判所がその内容を公開したものは,2001-2015年の期間でわずか41件とされている(文献2).2010年の日本の脳外科医の数が6,841人であったことを考慮すれば,この期間の日本の脳外科医のEARは0.04%となり,オランダや米国と比較して3桁くらい少ない計算になる.もちろん,日本の裁判所の医療訴訟の結審内容公開率は10%以下と想定されているし(文献2),裁判開始後に和解や取下げになったケースもあるので,単純比較はできない.今後,公的な機関や団体が正確な統計を提供すべきであろう.
それでも,日本で周りの脳外科を見回しても,全キャリアを通して医療訴訟を経験した脳外科医は10%に満たないように思われる.全脳外科医がほぼ5年おきに医療訴訟に直面する米国や6.5年おきに医療訴訟に直面するオランダとは明らかに異なる.この背景には,弁護士一人当たりの国民数が日本3,075名,オランダ1,157名,米国260名と大きく異なっていることがあるものと想定される.また,米国やオランダでの脳外科医に対する医療訴訟の対象疾患中,最も高い割合を占める脊椎変性疾患(文献3,4,5)を扱う脳外科医が日本では未だ少ないことも影響しているものと思われる.

執筆者: 

有田和徳