上前頭回後部腫瘍手術後の補足運動野症候群の出現頻度と持続期間は?:Mayoクリニックの106例

公開日:

2024年9月26日  

最終更新日:

2024年10月8日

Presentation, surgical outcome, and supplementary motor area syndrome risk of posterior superior frontal gyrus tumors

Author:

Bauman MMJ  et al.

Affiliation:

Mayo Clinic Alix School of Medicine, Rochester, MN, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:39213666]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2024 Aug
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

上前頭回後部(PSFG)腫瘍の摘出後には,対側肢の失行や発語の失行すなわち補足運動野症候群(SMAS)を呈することがあるが(文献1,2,3),そのリスク因子や予後は明らかではない.
Mayoクリニック脳外科は,2008年以降の約12年間に実施したPSFG腫瘍106例(左側60%,年齢中央値46歳)に対する123手術(摘出術102例,生検術21例)によって生じた神経症状,持続期間,転帰などを解析した.腫瘍の種類は星細胞腫37%,膠芽腫29%,乏突起膠腫16%,転移性腫瘍8%などであった.対象腫瘍のうち67%は,運動皮質37%,深部白質24%,脳梁17%,帯状回12%などPSFG周囲に進展していた.

【結論】

手術直後の神経脱落症状は58%で生じ,術後6ヵ月時点で残存したのは3例(2%)のみであった.術後SMASは生検例ではなく,摘出術を受けた102例のうち47%で認められた.SMAS出現例ではSMAS非出現例と比較して,運動皮質への進展が44%,帯状回への進展が19%と有意に多かった(p =.018).多変量解析でもこの2部位への腫瘍進展はSMAS出現のリスク因子であった(p <.05).SMASの出現はOSとは相関しなかった(p =.51).
術後期の死亡例はなく,摘出術を受けた症例におけるOS不良は脳梁進展(p <.001),造影剤増強効果(p =.003),膠芽腫(p =.038)と相関した.

【評価】

上前頭回後部(PSFG)に存在する補足運動野(SMA)は半側身体の運動計画と起始に深く関係しており,前頭前野,帯状皮質運動野,運動野などと豊富な相互結合を有している(文献4,5).また,優位半球では金沢大学のKinoshitaらが発見した前頭斜走路(frontal aslant tract:FAT)がSMAと前頭弁蓋部を連絡しており,発語に深く関わっている(文献6,7).こうした,PSFGと周囲構造の関係を考慮すれば,PSFG内の腫瘍の摘出が,①反対側身体の失行と②無言(mutism)や自発話の減少を含む発語失行,すなわち補足運動野症候群(SMAS)を引き起こすことは容易に想像できる.古い報告では,PSFG内の腫瘍摘出後には全例でSMASが出現したとされる(文献8).その後の報告では,その頻度は26-85%とされているが,何れも症例数が限られている(文献3,9).
本研究は,PSFG内腫瘍106例を対象にSMASの発生頻度や予後を検討したものである.SMASは,発語失行の有無を問わない手術部位と反対側身体の一過性失行と定義されている.この定義に従うと,PSFGに存在する腫瘍(約8割は神経膠腫)に対する摘出手術を受けた症例の約半数(47%)にSMASが認められたとのことである.なお,非優位側PSFG腫瘍摘出術後のSMASでは発語失行は認められなかったという.
過去に報告されたSMASの多くは2-9週で消失するとされるが,これは優位側半球の発語に関するSMA機能が手術後に反対側に移動する可能性や,同側一次運動野と反対側SMAの線維結合によって説明可能かも知れない.本稿のシリーズでも,術後SMASを呈した症例の約8割は手術後3ヵ月以内に回復している.結果として,摘出術を受けた102例中,手術後6ヵ月以上持続した恒久的な神経学的な合併症は3例のみ(術前から認められた不全麻痺の悪化1例,新規の不全麻痺1例,speech hesitancy 1例)であった.
本稿のデータはPSFGに存在する腫瘍摘出術前の患者・家族への説明,術後リハビリテーション計画,退院計画作りに資するであろう.一方,この良好な結果は,本シリーズの術者(Ian F. Parney)の技術ならびに経験値とともに,全例で行われた術中皮質・皮質下マッピングと半数で行われた術中MRIに依存するところが大きいことに留意が必要であろう.ちなみに,本シリーズのPSFG内腫瘍の摘出率は全摘(≥95%)71%,亜全摘(<95%)29%であった.

<コメント>
補足運動野症候群は,反対側身体の一過性失行と,言語優位半球では発語失行(発語の開始障害,ためらいなど)を呈する.本論文で示されているように,グリオーマ患者においては,回復時間に個人差はあるもののほとんどの症例において回復を認める.補足運動野を中心とする主な白質神経ネットワークには,運動野や帯状回と連絡する弓状線維(U-fiber),下前頭回と連絡する前頭斜走路(FAT),尾状核や被殻と連絡する前頭線条体路(fronto-striatal tract,FST)がある.それらの神経回路の断裂によって,損傷部位による症状の違いを認めるものの,補足運動野症候群と同様の神経症状が生じうる.
本論文では,PSFGグリオーマにおいて,運動誘発電位マッピングにより皮質脊髄路を温存することによって,恒久的な運動障害を回避することが可能となると結論づけている.腫瘍が運動領域や帯状回に進展した症例において補足運動野症候群が出現しやすかったのは,前述の連絡線維の障害によるものと考えられる.
本論文では検討されていないが,補足運動野関連ネットワークの損傷程度は機能回復までの遅延の程度に影響する.これらの白質神経ネットワークは覚醒下手術においてのみ同定が可能である.実際,術中にこれらの神経回路の直接電気刺激を行うと,反対側身体の運動停止もしくは運動調節障害(加速や緩慢)が生じ,左右大脳半球ともに発語の停止が観察される.我々の経験では,本ネットワークを術中にうまく同定・温存できた症例では,術後に運動障害がないか,運動障害が生じたとしても,術後1,2日で自発運動が出現し,7日以内に回復が期待できる.術翌日に重度の片麻痺が生じても,上下肢の筋緊張を認めるようであれば,補足運動野症候群として回復することが予想される.その際には,仰臥位での膝立て維持や,他動的な関節屈伸時に抵抗を感じることで判別が可能となる.
一方で,PSFGグリオーマの術後に詳細な高次脳機能検査を行うと,運動や発語の問題以外にさまざまな所見の経時的変化が捉えられる.中でも言語流暢性(語想起)障害が永続的に残存する症例があり,FATとの関連が否定できない.今後の詳細な検討が必要である.(金沢大学脳神経外科 木下雅史)

執筆者: 

有田和徳

関連文献