公開日:
2025年1月4日From Operating Room to Courtroom: Analyzing Malpractice Trajectories in Cranial Neurosurgery
Author:
Gerstl JVE et al.Affiliation:
Department of Neurosurgery, Brigham and Women's Hospital, Harvard Medical School, Boston, MA, USAジャーナル名: | Neurosurgery. |
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発行年月: | 2025 Jan |
巻数: | 96(1) |
開始ページ: | 205 |
【背景】
米国では脳外科医が最も医療訴訟に巻き込まれ,毎年全脳外科医の19%が医療過誤申し立ての対象となっており(文献1),殆ど全ての脳外科医が引退するまでに最低1回の医療過誤申し立てを受けている(文献2).本稿はWestlaw EdgeとLexisNexisの二つの判例データベースに登録されている1987年以降37年間の米国における開頭手術に関連する医療過誤訴訟1,550件のうち,詳細なデータが登録されている252件の内容を解析したものである.訴訟の対象疾患は腫瘍27%,血管障害21%,感染症9%,外傷9%で,訴えの趣旨は周術期合併症38%,治療の遅れ16%,診断の誤り15%,治療方法の誤り12%であった.
【結論】
州別ではニューヨーク州16%が最多で,カリフォルニア州10%が続いた.原告勝訴は15%,被告勝訴は56%で,裁判開始後の示談は18%であった.被告勝訴率に経年的変化はなかった.
1ドル≒150円で概算すると,原告勝訴の判決額中央値は275万ドル(約4億円),示談金中央値は95万ドル(約1.5億円)であり,最高判決額は2,810万ドル(約42億円)であった.判決額は,物価上昇率を差し引いても経年的に上昇した(30年間で約4倍).
判決額が高かったものの中には,下垂体腫瘍開頭術後の部分的視力喪失7億円,画像取り違えによる不必要な開頭30億円,外傷性硬膜下血腫の不適切な治療42億円,シャントチューブの脳内迷入による脳機能障害26億円,頭蓋骨フラップの感染26億円などが含まれた.
【評価】
Westlaw EdgeとLexisNexisでカバーしている医療訴訟は,全医療訴訟の5%以下と想定されているので,本稿のデータが本当に米国における脳外科医に対する医療訴訟の実態を反映しているか否かは疑問が残るが,これらのデータベースは経年的な変化を把握するのに従来から種々の医療分野で用いられている.
米国における脳外科のサブスペシャルティーの中で最も医療過誤訴訟が多いのは脊髄・脊椎手術であるが(文献3,4),本研究は,この二つのデータベースを用いて,開頭手術に関連する医療過誤訴訟の過去30年以上の大きなトレンドを解析したものである.
これによれば,訴えの趣旨の主要なものは周術期合併症,治療の遅れ,診断の誤り,治療方法の誤りなどであった.半数は被告勝訴で終わっているが,原告勝訴の場合,その賠償金額は日本の水準から見ると桁違いで,中央値が約4億円,最高額が約42億円であった.しかも,この賠償額は物価上昇率を差し引いても過去30年間で約4倍になっていた.
米国における医療過誤保険料(医師賠償責任保険)は脳外科医が最も高く,年間2千万円相当を支払っている脳外科医もいるという.日本の一般的な医療過誤保険料は年間5万円前後であるので,その400倍に達する額を毎年支払っている脳外科医がいることになる.しかも,原告勝訴の場合の賠償金額が次第に上昇するという流れをみると,今後も医療過誤保険料は上昇することが予想される.一方で,万が一の見落としを避けるために,高額かつ不必要なMRI検査やCT検査は増加するであろう.かたや,医療訴訟を怖れる結果として,必要な脳外科的な治療を手控える(Defense Medicine)こともあるだろう.さらに,こうした状況に嫌気がさした優れた脳外科医が脳外科医療の第一線から遠ざかることもあるかも知れない.
ひるがえって,日本でそのような状況にならないようにどうしたら良いのか,今,知恵を出し合う必要性がある.
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Schaffer AC, et al. Rates and characteristics of paid malpractice claims among US physicians by specialty, 1992-2014. JAMA Intern Med. 177(5):710-718, 2017
- 2) Jena AB, et al. Malpractice risk according to physician specialty. N Engl J Med.365(7):629-636, 2011
- 3) Taylor CL. Neurosurgical practice liability: relative risk by procedure type. Neurosurgery. 75(6):609-613, 2014
- 4) Rovit RL, et al. Neurosurgical experience with malpractice litigation: an analysis of closed claims against neurosurgeons in New York state, 1999 through 2003. J Neurosurg. 106(6):1108-1114, 2007