扁平上皮乳頭型頭蓋咽頭腫に対するBRAF/MEK阻害剤投与:フランスの多施設コホートの16例

公開日:

2025年2月25日  

BRAF and MEK inhibitor targeted therapy in papillary craniopharyngiomas: a cohort study

Author:

De Alcubierre D  et al.

Affiliation:

Neurosurgery Department, Reference Center for Rare Pituitary Diseases HYPO, Hospices Civils de Lyon, Lyon, France

⇒ PubMedで読む[PMID:39158090]

ジャーナル名:Eur J Endocrinol.
発行年月:2024 Aug
巻数:191(2)
開始ページ:251

【背景】

2014年,扁平上皮乳頭型頭蓋咽頭腫(PCP)ではBRAF V600E変異が生じていることが明らかになった(文献1).その後,PCPに対するBRAF/MEK阻害薬の著効例が報告されている(文献2-6).本稿は,2019年以降,フランスでBRAF阻害薬(ダブラフェニブ)とMEK阻害薬(トラメチニブ)による分子標的治療(TT)が行われたPCP16例(女性8例,平均50.5歳)の後方視的解析である.TTの理由は摘出困難な腫瘍に対する生検後のネオアジュバント治療(NEO)6例,術後補助治療(AD)8例,放射線照射を含む複数の治療でのコントロールが困難な症例に対するパリアティブ治療(PAL)2例である.

【結論】

TT開始後平均7.5ヵ月で,12例が亜完全反応(腫瘍体積80%以上の縮小),3例が部分反応(20-80%縮小),1例が不変で,腫瘍進行はなかった.腫瘍全体積の平均縮小率はNEO群88.9%,AD群73.3%,PAL群91.8%であった.TTによる症状改善率は頭痛5/5,視機能障害6/9,神経症状2/3,過体重1/4,下垂体機能障害2/14であった.TTは10例62.5%の患者で忍容性良好であった.肺障害,倦怠感,肝機能障害などの有害事象は6例で認められ,CTCAEグレード3の5例は有害事象のためにTTが中止となったが,このうち2例は一時的な中止の後,TTが再開後維持された.

【評価】

近年,扁平上皮乳頭型頭蓋咽頭腫(PCP)に対するBRAF/MEK阻害薬が著明な腫瘍縮小効果をもたらすことが報告されている(文献2-6).
2023年にNEJMで発表されたBrastianosらが主導した米国の第2相試験では,BRAF V600E変異が組織学的に診断され放射線治療歴のない18歳以上の頭蓋咽頭腫患者16例にBRAF阻害薬(ベムラフェニブ)とMEK阻害薬(コビメチニブ)の経口投与治験が行われた(文献7).その結果,1例を除く15例(94%)で腫瘍の縮小が得られ,造影部分の縮小率中央値96%,のう胞部分の縮小率中央値82%で,ともに十分な縮小が示された.治験終了後,追加治療を行っていない7例中6例では観察期間中に腫瘍再発を認めていない.
本稿のフランスにおける多施設コホート後方視研究では,やはりBRAF V600E変異が組織学的に確認された頭蓋咽頭腫を有し,BRAF/MEK阻害薬の経口投与が行われた16症例が対象であるが,米国の第2相試験と同様に,1例を除いて15例で腫瘍の縮小が得られ,最終観察時の全腫瘍体積の縮小率は81.4%であった.一方,腫瘍ののう胞性部分ではTT開始後3ヵ月での体積縮小率は実質性部分に比べれば小さかったが(平均61.1% vs 90.3%),最終追跡(平均7.5ヵ月)では差がなかった(89.8% vs 89.7%).本研究の対象となったBRAF/MEK阻害薬投与症例は,ネオアジュバント治療6例,術後補助治療8例,放射線照射を含む複数の治療法でコントロール困難な症例に対するパリアティブ治療2例から成っていたが,いずれの群も著明な腫瘍の縮小が得られている(73.3-91.8%).
また,CTCAEグレード3の有害事象のために,最終的に治療継続が困難であったのは3例のみ(18.8%)で,比較的安全な治療法であることも示されている.
問題は,BRAF/MEK阻害薬投与終了後の腫瘍の再増大はどのくらいの頻度で起こるのか,またその時期はいつなのかである.腫瘍再増大が稀で,再増大までの期間が長いのであれば,特に高齢者では生検組織でのBRAF V600E変異確認後の頭蓋咽頭腫に対するBRAF/MEK阻害薬単独治療という選択肢も出てくるのかも知れない.さらには,生検をスキップして,既に報告されているMRI上の特徴からBRAF V600E変異(=扁平上皮乳頭型)を予測して(文献8,9),ネオアジュバント治療としてのBRAF/MEK阻害薬投与を行う時代が来るのかも知れない.

<コメント>
2024年6月までに報告された,分子標的治療が行われた乳頭型頭蓋咽頭腫22例をレビューした(Fujio S, et al. Neurol Med Chir, in press).分子標的治療による効果は速やかで,最終的に86%の症例で80%以上の腫瘍縮小効果が得られた.28.6%で発熱を認めたが,重篤な副作用は少なかった.分子標的治療を中断した6例中4例で腫瘍の再発を認めたが,再治療によって有効な腫瘍の縮小が得られた.本邦においても,標準治療が困難な乳頭型頭蓋咽頭腫に対して,タフィンラー・メキニストによる分子標的治療が適用拡大となったが,月100万円以上するこの高額な治療法をいかに有効活用するかということが今後の課題である.本報告で有効性が示されたように,手術や放射線治療を前提としたネオアジュバント治療がもっとも効率的な使用法と思われる.現状では,BRAF V600E変異同定のために組織採取が必須であるが,血液や髄液によるリキッドバイオプシー法の確立に期待が寄せられている.
(鹿児島大学脳神経外科,鹿児島大学下垂体疾患センター 藤尾信吾)

執筆者: 

有田和徳