優位側側頭葉切除では切除の後縁が3.5 cmより前方でも物品呼称が障害されることがある:側頭葉底部言語野との関係

公開日:

2025年3月13日  

Posterior extent of left anterior temporal lobectomy and picture naming decline

Author:

Mezjan I  et al.

Affiliation:

Service de Neurochirurgie, Université de Lorraine, CHRU-Nancy, Nancy, France

⇒ PubMedで読む[PMID:39854707]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2025 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

ボクセル化病変-症状マッピング(VLSM)は,MRI等で示される脳の損傷領域の3次元単位(ボクセル)の部位と症状との関係を統計学的に求める手法である(文献1).最近このVLSMの手法を用いて,優位側側頭葉下面(紡錘回)にある側頭葉底部言語野(BTLA)の損傷と,絵画に描かれた物品の呼称の障害との関係が報告されている.このBTLAの前縁は優位側側頭葉先端から3.4 cmより後方に存在するとされている(文献2,3,4).仏ロレーヌ大学脳外科は2007年以降に左(優位側)側頭葉切除が行われた34例を解析して,BTLAを基準とした側頭葉切除の範囲と絵画物品呼称の障害との関係を解析した.

【結論】

手術後18ヵ月の段階で(追跡可能の32例),絵画物品呼称は,障害11例(重症7例,軽症4例),術前と不変13例,改善8例であった.
すべての患者で切除範囲後縁は過去にVLSMの手法で示唆されているBTLAの前縁を超えてはおらず,6例ではちょうどBTLA前縁であった.
術後に絵画物品呼称の障害があった11例では,3例のみで切除範囲後縁がBTLA前縁に達しており,8例では達していなかった.逆に,全対象の34例中,呼称の障害がなかったか手術前より改善した23例中3例では切除範囲の後縁はBTLA前縁に達していた.
優位側側頭葉切除では切除範囲が側頭葉底部言語野(BTLA)の前縁を超えていなくても絵画物品呼称の障害が出現することがある.

【評価】

世界の多くのてんかん外科センターでは,手術後の言語障害や記憶力低下を避けるために,優位側の前部側頭葉切除術では切除の後縁は側頭葉先端から4-4.5 cmとしている(文献5,6).しかし,詳細に評価を行えば優位側の前部側頭葉切除後の絵画物品呼称の障害は82%で生じると報告されている(文献7).
一方,本稿の著者らは,難治性側頭葉てんかんに対する前部側頭葉切除の際に,切除の後縁を紡錘回下面で凡そ最大3.5 cmと制限している.本稿は,著者らが行っている側頭葉切除の範囲と,過去にVoxel-based Lesion Symptom Mapping(VLSM)の手法で推定された側頭葉底部言語野(BTLA)との関係が,手術後の絵画物品呼称(picture naming)の障害に及ぼす影響を解析したものである.対象とした34例の全てで,切除の後縁はBTLAの前縁を超えてはいなかったが,11例(32.4%)で絵画物品呼称の障害が出現していた.しかもこの11例中8例は,切除の後縁がBTLAの前縁に達してはいなかった.
この結果は,切除範囲の後端がこれまでに報告されているBTLAの前縁より前方であっても,すなわちかなり限局した前部側頭葉切除でも術後に絵画物品呼称の障害が出現し持続(少なくとも18ヵ月以上)する可能性があることを示している.著者らはこの結果について,BTLAには個人差が大きいことで説明可能であると推論している.
BTLAの局在については,既にLüders(側頭葉先端から3-7 cm),Krauss(側頭葉先端から3-9 cm),Abdallah(側頭葉先端から1-7.5 cm)と,報告によってかなり違いがあり,大きな個人差を反映しているものと思われる(文献8,9,10).
本研究の結果と従来の報告を考慮すれば,BTLAの局在と拡がりは個人差が大きく,難治性側頭葉てんかん患者に対する前部側頭葉切除術では,どんなに側頭葉の切除範囲を狭くしても,術後に物品呼称の障害が起こり得ることを認識する必要性がある.個々の患者におけるBTLAは術前のfMRIスタディーである程度推定できるかもしれないが,側頭葉底部が骨や空気を含む頭蓋底に隣接していることでアーチファクトの影響を受けやすいことから,その精度は低いかも知れない(文献4).今後は,SEEGでBTLAを探るという方法も出てくるかもしれないが,単一深部電極による連合野とも考えられる領域に対する機能マッピングの遂行性は乏しく,やはり精度には限界があるはずである.
それでもなお前部側頭葉切除術を行うかどうかは,てんかんのコントロールとそれに伴う認知機能の向上やQOLの向上など,それによって得られるメリットとの対比の上で判断されるべきであろう.

<コメント>
本研究が示したような術後の物品呼称障害を回避するには,前部側頭葉切除術ではなく選択的海馬扁桃体切除術を行うか,側頭葉底部領域の切除範囲を極端に制限した前部側頭葉切除術を行うしか手段はないと考えられる.優位側の前部側頭葉切除術(教科書的な側頭葉先端から4~4.5 cmあるいはそれよりも前方)を行った場合の術後の言葉の出しづらさや物品呼称の障害は,短期的には多くの術者が経験していると思われるが,18ヵ月以上も継続しうることは注目に値する.本邦でもっぱら行われている選択的海馬扁桃体切除術は記憶力温存を主たる目的としているが,前述のような術後の物品呼称の障害が選択的海馬扁桃体切除術後にはほぼ経験されないこともあり,必然的に選択的海馬扁桃体切除術が普及してきている要因と考えられる.(広島大学てんかんセンター 飯田幸治)

執筆者: 

有田和徳