経鼻下垂体手術中のエアロゾル拡散の実測データ:ドリルは関係なさそう,問題は挿管,抜管,ドレープ外し

公開日:

2021年2月14日  

最終更新日:

2021年2月14日

Aerosolisation in endonasal endoscopic pituitary surgery

Author:

Dhillon RS  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, St Vincent's Hospital Melbourne, Fitzroy, Australia

⇒ PubMedで読む[PMID:33469830]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2021 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

2020年1月,武漢において,COVID-19感染患者の下垂体手術中に感染が広まったとして情報が誤って伝えられ,世界中で下垂体手術が中止された(文献1,2).同8月にはPituitary Societyが,COVID‑19パンデミック下における下垂体疾患の手術指針を発表し,感染者ではドリルの使用を避けることなどを提案したが(文献3),実際の下垂体手術に際して患者の鼻腔・口腔から拡散するエアロゾル(飛沫)の数や広がりを測定した研究はなかった.メルボルン大学などのチームは粒子画像流速測定法(PIV)と空気サンプリング・スペクトロメトリー(APS)を用いて,経鼻手術に際する飛沫の広がりを測定した.

【結論】

対象患者は3名.
挿管と抜管時にはベースライン(手術開始前)に比較して12倍の濃度の小飛沫(<5 μm)が検出された(p<0.001).
腫瘍へのアクセス中は平均4.5倍の飛沫が検出されたが,多くは75 μm以上で空気中滞在時間は10秒以内で飛距離は1.1 m以内であった.マイクロデブリッダー使用中(鼻甲介切除)はベースラインの18倍の飛沫濃度になったが(p=0.005),ハイスピードドリル使用を含むその他の手術操作はベースラインに比較し有意の飛沫濃度の上昇をもたらさなかった(p≧0.20).
ドレープを除去する際は大小併せた飛沫濃度が6.4倍になった(p<0.001).

【評価】

本研究の結果は,2020年に発表された経鼻手術で使用されるハイスピードドリルが多量の飛沫を拡散させ得るといういくつかの報告や勧告とは異なり(文献4,5),マイクロデブリッダー使用を除きハイスピードドリル使用を含めたその他の手術操作はベースラインに比較し有意な飛沫濃度の上昇をもたらさなかった.本研究での空気サンプリング位置は患者前鼻孔の5 cm上方であった.蝶形骨前面のドリルの際に生じる白煙を見ると,大量の飛沫が拡散するように思われるが,本論文の著者らは,ドリリングで生じる比較的大きな飛沫は鼻内で沈下してしまい前鼻孔より外には拡散しにくい可能性を指摘している.また,従来研究材料とした屍体と実際の手術室での生身の患者とでは粘膜の状態や湿度などの環境が異なる可能性についても言及している.
一方,挿管と抜管,マスク呼吸,あるいは患者の咳で発生する飛沫の多くは5 μm以下であり,空気中(手術室内全体)に漂い,空気中滞在時間は2分を超えていた.
意外であったのは,手術終了時のドレープ除去に伴う飛沫の増加で,これはドレープに付着した飛沫が無頓着な作業によって舞上げられてしまうことを示している.
これらの結果をうけて著者等は,COVID-19感染患者の経鼻経蝶形骨洞手術では手技に直接関わらない医療者は患者の鼻孔から1.1 mライン以内には接近しないこと,手術操作中に生じる飛沫の大部分は比較的大きなものであるが,5 μm以下の微小なものもあるので,当然ゴーグルやN95マスクを含む個人用防護具(PPE)は必要であると述べている.また,飛沫拡散リスクが高いドレープ外しにも注意を喚起している.
なお本稿では触れられていないが,迅速導入,挿管時,抜管時の咳反射を誘発しない充分な筋弛緩,マスク換気の大気内逸脱防止などの麻酔に関わるガイドライン(文献6)の遵守も必要である.
本研究ではハイスピードドリルの使用は鼻腔外への飛沫の拡散を伴わないことを明らかにしたが,ドリリング中のイリゲーションや吸引の使用との関係については触れられてはいない.今後検討すべき課題である.
また,本研究は20 Paの陽圧手術室で行われているが,COVID-19感染者手術で推奨されている陰圧手術室ではどのような拡散になるのかも重要な検討課題である.
もちろん,COVID-19感染患者ではスワブ検査で陰性になるのを待つのは前提であるが,下垂体卒中や悪性腫瘍疑い例など緊急性の高い患者では,上記の配慮のもとに経鼻手術を行う必要がある.

執筆者: 

藤尾信吾   

監修者: 

有田和徳