未破裂脳動脈瘤治療の費用対効果:質調整生存年(QALY)と増分費用効果比(ICER)を用いた解析

公開日:

2021年5月31日  

Cost-effectiveness analysis in patients with an unruptured cerebral aneurysm treated with observation or surgery

Author:

Dandurand C  et al.

Affiliation:

Faculty of Medicine, Divisions of Neurosurgery, University of British Columbia, Vancouver, Canada

⇒ PubMedで読む[PMID:33962376]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2021 May
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

質調整生存年(QALY)という概念は医療行為の費用対効果に関する生存期間と生存の質を含めた評価方法である.1QALYは,健康な1年間に相当する.ブリティッシュコロンビア大学のチームは未破裂脳動脈瘤に対する費用対効果をQALYの手法を用いて解析した.過去の報告に基づいて,未破裂脳動脈瘤の破裂率を年1.4%,SAH後の病院前死亡率を12.4%,治療後死亡率25.1%,血管内治療に伴う合併症率5.0%,死亡率0.3%,クリッピングによる合併症率3.8%,死亡率0.1%と想定した.入院請求総額はクリッピングが10万ドル,血管内治療が9.3万ドル,中~高度神経障害での生活コストは年間約3万ドルと想定した.

【結論】

未破裂脳動脈瘤に対する治療は常に高い効用を示した.血管内治療の割合が高い(80%)モデルでは費用対効果はより高く,高齢者が多いモデルでは費用対効果は低かった.感受性解析では未破裂脳動脈瘤の年間破裂率が0.8~1.9%であれば,増分費用効果比(ICER)は治療法や年齢にかかわらず10万ドル/QALYという米国での支払意思額(willing to pay,WTP)(文献1)の上限以下であった.若年者が多く血管内治療が多いモデルではICERは下がった.75歳以上ではICERは米国でのWTPを超えていた.

【評価】

ICERは増分費用効果比incremental cost-effectiveness ratioのことで,ある治療法(新規薬,新規材料、新規手術法)にかかわる追加的な費用増加分をその治療によって得られる追加的な効果(一般的にはQALY[完全に健康な1年間,Quality-adjusted life-years]を用いる)で割った値である.医療行為に対しての費用対効果を経済的に評価する技法として多用されている.国民がどのくらいのICER/QALYを受け入れるか(WTP)については英国NICEでは2~3万ポンドとすることが多いが(文献2),WHOでは1人あたりGDPの1〜3倍程度と提示されている.日本人では調査対象の50%のWTPは485万円が上限であったとの報告がある(文献2,3).
2021年に発表された米国のICERの閾値に関する研究では,医療支出1,000万ドル増加ごとに1,860人が無保険になり,死亡5件の原因となり,死亡により81 QALY,疾病により15 QALY,合計95 QALYが失われるので,ICERの閾値は1,000万ドル/96 QALY=10万4,000ドルと計算されている(文献4).この金額は,本研究で用いられたWTP閾値10万ドルにほぼ一致する.
本研究では,保存的治療(経過観察)に対して未破裂脳動脈瘤に対する治療は,血管内治療の割合がいずれのシナリオ(60%,70%,80%)でも高い効用を示し,クリッピングの割合が高いほど,高齢者が多いほどICERは高くなった.75歳以上ではICERは10万ドルという米国のWTPを超えていた.またこの結果を外挿すると7 mm以下の動脈瘤(破裂リスク:0.4%)の治療における費用対効果はなかったという.
本研究は,未破裂脳動脈瘤の治療にかかわる費用対効果に光をあてた点でユニークである.翻って日本ではどうであろうか,未破裂脳動脈瘤の診断・治療に関わるコストは米国よりもはるかに低いが,WTPも低いはずである.
年齢層,治療法,動脈瘤の大きさ,部位別のICERの算出は可能であろう.そのようなデータは,今後も増加が予想される未破裂脳動脈瘤に対する治療適用判断の重要な要素になってくると思われる.

<コメント>
本論文は未破裂脳動脈瘤の治療に関して過去の文献データに基づいてマルコフモデルを作成し,QALYとICERを求めた医療経済的解析である.
未破裂脳動脈瘤を積極的に治療することで住民全体のくも膜下出血の頻度を低下させることは困難であるが(文献5),本研究によって破裂リスクの高い未破裂脳動脈瘤の予防的治療が個人にとってだけでなく,社会経済的にも意義があることが証明された.過去に,日本でもマルコフモデルを用いた同様な解析がされている(文献6,7).
一方,日本にはMRI装置が世界一多い等の理由から,脳ドック健診が発展している.脳ドックで発見される未破裂脳動脈瘤では7 mm以上は非常に少なく,5 mm未満が圧倒的に多い.このように小さな未破裂脳動脈瘤に対する治療の経済効果は少ないことが予想されるが,二次的効果については期待されている(文献5).
脳神経外科医の独断にならないよう,今後,同様な研究が神経内科系のジャーナルに掲載され神経内科医のコンセンサスが得られることを望む.(井川房夫)

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

井川房夫