外減圧にはKempeの頭皮切開が良いかも:50年目のrevival

公開日:

2021年6月11日  

最終更新日:

2021年6月11日

The Kempe incision for decompressive craniectomy, craniotomy, and cranioplasty in traumatic brain injury and stroke

Author:

Abecassis IJ  et al.

Affiliation:

Department of Neurological Surgery, University of Washington, Seattle, Washington, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:34020415]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2021 May
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

頭部外傷や広範囲脳梗塞による急性頭蓋内圧亢進に対する外減圧術はガイドライン上も高い推奨を受けている標準治療である.本研究は,ワシントン大学(WA)で行われた外減圧術を行う際の皮膚切開(皮切)に関する研究である.対象は2015年から約5年間に1人の術者(本論文のコレスポンディング)が行った頭部外傷か脳卒中の患者に対する外減圧術(骨弁除去)の連続79例である.41例は通常の逆クエスチョンマーク(RQM)型の皮切を用いた.38例は矢状縫合上で前額部から後頭部inionに至る皮切とそれに直交し冠状縫合(Bregma)から耳珠前方に至るT字状切開(Kempeの皮切)を用いた.

【結論】

患側頭蓋骨の除去率(骨窓)はKempeの皮切群でRQM群より高かった(39 ± 11% vs. 34 ± 10%,p=.047).術中出血量,手術時間,創感染率は2群間で差はなかった.ただし,急性硬膜下血腫に対してKempeの皮切を用いて外減圧を行ったケースでは手術直後のCTで反対側に急性硬膜外血腫が発見されたが,反対側の耳珠前方にいたる皮切を追加することで直ちに開頭血腫除去が実施出来た.

【評価】

外減圧のサイズとその効果に関しては,除去された骨弁が大きい方(例えば12×15 cm以上)が頭蓋内圧コントロールが良いことが報告されている(文献1,2).一般には,外減圧手術では前額部から頭頂結節の上方を通り後頭近くで前方に反転し耳介の上方に至り耳珠の前方に切り下ろすリバース・クエスチョンマーク型(RQM)の皮切が多く用いられている.ただし,この皮切では後頭動脈と後耳介動脈の分枝が犠牲になるため血流障害による創感染や創離開の可能性が指摘されてきた(文献3,4),また頭蓋内後方の減圧が不充分になる可能性がある.
Kempe LG(1915–2012)はドイツ出身でチューリッヒ医科大学を卒業後米国に渡り,ウォルター・リード医療センター(ワシントンDC)で1965年から1972年まで脳外科チーフを勤め,豊富な臨床経験を積んだ.後にある種の社会現象となるThe battered-child syndromeもKempeの報告を嚆矢とする(JAMA,1962).彼自身が描いた精妙なイラストが豊富な脳外科手術書Operative Neurosurgery(Vol. 1, 2, Springer-Verlag, 1968)は今シニア世代に属する脳外科医たちの座右の書であった.世に言うKempeの皮切はそのVol. 1で,てんかんに対する半球切除の為の皮切として紹介されている(文献5).そのため厳密にはKempeの半球切除用皮切(Kempe hemispherectomy incision)と言うべきである.その後,Kempeの皮切は頭部外傷患者の外減圧に使用されていたらしいが,まとまった報告が出たのは2010年で,アフガニスタン Bagram空軍基地病院に駐留する脳外科医からのものである(文献4).戦場における穿通外傷を含む最重症でかつ多巣性の脳損傷への対応(battlefield decompressive craniectomy)として多用されていたのであろう.確かにこの皮切だと,大きな骨弁が除去出来,半球のどこへでもアプローチ出来るし,本論文で症例が紹介されているように,反対側での病変発生にも直ちに対応出来そうである.
なお,いずれの皮切でも浅側頭動脈本幹を温存すべきことは言うまでもない.
本研究はワシントン大学(WA)における2015年以降5年間の外減圧手術の解析であるが,実際にKempeの皮切を使用し出したのは2017年の後半以降であり,それまでは全例をRQMで実施していた.この方針変更の背景には上述のアフガニスタンからの報告の他,軍に所属する脳外科レジデントの存在,Kempe皮切で良好な結果を経験した南米出身の脳外科医とのディスカッションがあったという.
最近の2年間では特に①頭蓋の後方に病変がある場合,②特に重篤な外傷や脳卒中(梗塞や出血),③反対側の手術が必要になりそうな症例,④顔面骨折を伴っており,その修復のために冠状皮切が必要になりそうな症例ではKempeの皮切が採用されたとのことである.
その結果,RQM群とKempeの皮切群で手術時間,術中出血量,創感染に差はなかったが,骨窓はKempe皮切群で大きかった(p=.047).ただしこの骨窓の大きさは交絡因子調整後は有意差ではなかった(p=.079).なお,Kempeの皮切で危惧されるT状の切開部での縫合離開はなかった.
当然のことながら,この研究はRCTでないので,多数の交絡因子の影響を排除出来ない.Kempeの皮切はより重症の患者で採用されているので,退院時のGCSやmRSが,入院時と同様にKempeの皮切群でRQM群より悪かったのは当然である.また,死亡やホスピス入院率も高い.
重症の脳損傷に対するKempeの皮切を用いた外減圧術の優位性を証明するためには,今後種々の臨床条件が近似した患者群を対象としたRCTが必須であり,できれば手術前後の頭皮の血流データ,頭蓋内圧データも欲しいところである.

<コメント>
本論文は,外傷性脳損傷と脳卒中患者での頭蓋内圧亢進に対する減圧開頭術におけるKempeの皮切の有用性を提唱している.その利点として,①減圧開頭範囲が従来の逆クエスチョンマーク型皮切より大きく行える,②後頭動脈や後耳介動脈の末梢枝まで温存しうる,③対側への皮切延長がしやすい,④後頭方向の減圧が容易に行える点を挙げている.納得のいく内容ではある.
重症頭部外傷に対する広範囲減圧開頭に関するRCTとしては2016年にRESCUEicp(408症例)が報告されている.このRCTは外減圧群では薬物療法群に比較して死亡率が22%低下すること,また12ヶ月後のextended GCSがupper severe disabilityかそれ以上を予後良好と定義し,機能予後に対する有効性も示した(文献6).救命出来れば重度障害を残しても良しとするのかという疑問も呈されたが,現在この広範囲前頭-側頭-頭頂開頭減圧(12x15cmあるいは直径15cm以上)はレベルIIAで推奨されている(文献7).実臨床の場では症例によって減圧すべき範囲・場所も異なるため,それに応じた開頭範囲を設定する必要があり,同様に皮切もこれに従って変化する可能性がある.その中で,対側開頭,前頭蓋底や顔面修復,あるいは後方病変の減圧への対応が必要な際には,Kempeの皮切も考慮すべき選択肢の一つと思われる(磯部尚幸).

<コメント>
リバース(逆)クエスチョンマークという用語についてだが,患者の左側ではクエスチョンマークであり右側ではリバース・クエスチョンマークであるが,脳外科の世界では何故かおしなべてリバース・クエスチョンマーク(RQM)と呼ばれている.もし,術者が患者の頭頂側から見るのでクエスチョンマークが天地逆になっているという意味ならインバーテッド・クエスチョンマーク(スペイン語で用いる¿)と呼ばれるべきである(有田和徳).

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

磯部尚幸