特発性正常圧水頭症の疫学と臨床像:スウェーデンにおける連続3,000例の解析とシステマティック・レビュー

公開日:

2022年5月30日  

The demography of idiopathic normal pressure hydrocephalus: data on 3000 consecutive, surgically treated patients and a systematic review of the literature

Author:

Sundström N  et al.

Affiliation:

Department of Radiation Sciences, Radiation Physics, Biomedical Engineering, Umeå University, Umeå, Sweden

⇒ PubMedで読む[PMID:35395629]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2022 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

スウェーデン国ウメオ大学などのチームは特発性正常圧水頭症(iNPH)の疫学と臨床像を明らかにするために,2004年から2019年までにスウェーデンの7ヵ所の大学病院で登録され,手術が施行された連続3,000例のiNPH症例の解析と16文献のシステマティック・レビューを行った.3,000例の平均年齢は74.4歳,79%が70歳台で,60%が男性であった.初発症状は,バランス障害95%,歩行障害95%,認知障害75%,尿失禁69%であった.発症段階で,これら4領域のすべての症状を呈したのは全患者の48%であった.診断確定時の機能障害は女性の方が強かった.

【結論】

診断確定時において,MMSE<25の認知障害は47%の患者で認められた.併存疾患では,男性患者は女性患者より糖尿病,心疾患,高血圧,脳卒中の既往が多かった.併存疾患の数は強い機能障害(低い修正iNPHスコア)と相関した.
水頭症に対する手術が実施された割合は,疾病頻度の20~40%に過ぎなかった.
60歳未満の患者(2%)では60歳以上に比較して頭痛の訴えが多く(30 vs 14%),バランス障害が少なかった(86 vs 95%).このことは60歳未満の患者ではiNPHとは別の疾患を呈している可能性があり,国際的なiNPH診断基準の年齢下限を現在の40歳から60歳に引き上げるべきかも知れない.

【評価】

本稿は,iNPHの疫学研究では日本と並んで世界のトップクラスに位置するスウェーデンからの報告である.解析対象になったのはSwedish Hydrocephalus Quality Registry(SHQR)に2004年から2019年までに登録され,手術的治療を受けた成人のiNPH症例である.このレジストリーにはスウェーデンで同時期に手術を受けたiNPH患者の80~95%が登録されていると思われる.なお,スウェーデンの2010年の国民の平均寿命は81.5歳であり,日本の82.8歳と大きな違いはない.したがって,このスウェーデン全国調査の結果と日本の実態を比較するのに,大きな抵抗はないはずである.
本論文のシステマティック・レビューによれば,iNPHの有病率は400人/10万人(0.4%),65歳以上での有病率は人口の2%であり,人口ベース研究ではサーベイ・ベース研究よりその頻度は高かった.また,発症率から推定される患者の20%しか手術を受けていなかったという.すなわち,iNPHの患者の多くが,適切な医療施設を受診して正しく診断され,手術が実施されてはいないことを示唆している.本論文の著者らは,このことは人道的観点(humanitarian point of view)から見て,憂慮すべき事実であり,この状況を改善すべく大きな努力が傾注されなければならないとしている.さらに,WHOのWEBサイト(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/dementia )で,認知症の原因の10~15%を占めるはずのこのiNPHが言及されていないことにも強い不満を表明している.ちなみに,スウェーデンでは,iNPHに対するシャント手術は,このレジストリーが始まった2004年には人口10万人中1.0人であったが,2017–2019年には3.7人に増加しているという.
iNPH患者が正しく診断され,手術を受けていないという問題は,女性においてより深刻なのかも知れない.このことは,手術症例を対象としたこの登録研究では女性が40%と少なく,女性の方が診断確定時の機能障害がより強い事に反映しているのかも知れない.
一方,わが国の特発性正常圧水頭症診療ガイドライン第3版(文献6)によれば,日本では,人口ベース研究を基に,iNPHの頻度がいくつか報告されている(文献7,8).これらの報告から,有病率は0.2~2.9%であり,罹患率は年間およそ120/10万人と推定されている.一方,受診率は,10万人あたり年間2-10人,65~70歳以上に限れば10万人あたり年間30~60人と報告されている.したがってわが国でも,iNPH発症者の10%未満しか適切な医療機関を受診していないと推定されている.
このような実情を見ると,日本においても,本論文の筆頭著者Sundström Nのように強力なiNPHアドボケイトが登場する必要があるのかも知れない.

<コメント>
iNPHは,くも膜下出血や髄膜炎などの先行疾患がない,高齢発症の水頭症である.その原因はまだはっきりとはしていないが,髄液路の通過障害による閉塞性水頭症ではなく,交通性水頭症である事は間違いない.つまり,かなり正常に近い病態である.このため,歩行障害やバランス障害,認知機能障害,排尿機能障害などの症状が認められたとしても,単純な加齢性変化と本疾患との境界がはっきりとはせず,加齢に伴う他の病態に関心が向けられ,iNPHの診断に行きつかず,加療の機会が与えられていない事は十分予想される.画像所見も,特徴がある様で決定的ではなく,一般の読影医が脳の萎縮と見紛う事態は少なくないのではないか.
この論文を読んでの極端な反応かも知れないが,高齢者の多くがiNPHの病態になっていると積極的に予想しながら診療する方が,間違いが少ないと思われた.
(厚地脳神経外科病院正常圧水頭症センター 川原 隆)

執筆者: 

有田和徳