公開日:
2023年3月27日最終更新日:
2023年3月28日Posterior hypothalamic involvement on pre-operative MRI predicts hypothalamic obesity in craniopharyngiomas
Author:
Rachmasari KN et al.Affiliation:
Department of Medicine, New York-Presbyterian Hospital - Weill Cornell Medicine, New York, NY, USAジャーナル名: | Pituitary. |
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発行年月: | 2023 Feb |
巻数: | 26(1) |
開始ページ: | 105 |
【背景】
視床下部性肥満は,頭蓋咽頭腫の摘出手術後の重篤な合併症の一つである.本研究は過去15年間にMayoクリニックで経蝶形骨洞的摘出手術を受けた18歳以上の頭蓋咽頭腫患者45例(中央値44歳)を対象に,手術後の視床下部性肥満の発生を予測する因子を解析したものである.本研究ではMRI矢状断像に基づいて,前部視床下部を前交連-視交叉ラインから乳頭体まで,後部視床下部を乳頭体から後交連までとした.術前に40例,術後に41例がMRIでの評価が可能であった.腫瘍の視床下部への進展がないか前部視床下部のみの非/前部視床下部タイプと,前部と後部視床下部に進展している前+後部視床下部タイプに分けて解析した.
【結論】
45例中35例(78%)が肉眼的全摘出を受けた.術前MRIで前+後部視床下部タイプの25例のBMI(中央値)は,非/前部視床下部タイプの15例に比較して,術前,術後3-12ヵ月,術後13-24ヵ月ともに高かった(29 vs 24,30 vs 26,32 vs 25,いずれもp≦.01).手術前の副腎皮質機能不全,甲状腺機能不全,ゴナドトロピン分泌不全,IGF-1レベル,高プロラクチン血症,尿崩症の頻度には二群間で差はなかった.全摘率も2群間で差はなかった(88 vs 87%).手術後の尿崩症は,術前MRIでの前部+後部視床下部タイプで多かった(84 vs 47%,p=.03).
【評価】
頭蓋咽頭腫症例では肥満,睡眠サイクル異常,体温調節異常,渇感異常,心血管障害などの視床下部症状を示すことが多い.
視床下部性肥満は頭蓋咽頭腫の術後患者の約50%で認められる症状で(文献1,2),前部視床下部の腹内側核(VMN)や弓状核(ARC)の障害による食欲亢進が関与していると報告されている(文献3,4).また,視床下部のダメージによる,交感神経系ネットワークの低下,副交感神経系ネットワークの亢進,エネルギー取り込みの亢進も関与している可能性がある(文献5,6).一方,後部視床下部には背腹側核(DMN),背側視床下部領域(DHA)が含まれ,これらの核の障害と病的な肥満の関係も報告されている(文献7).また,DMN,DHAならびにより前部視床下部のVMNは,褐色脂肪組織におけるレプチン誘導性の交感神経性活動亢進やエネルギー支出亢進を仲介する主要な核である(文献8).本研究で示されたように後部視床下部に進展している腫瘍では全例前部視床下部への進展をともなうので,障害されている核にはDMN,DHA,VMN,ARCが含まれ,食欲の亢進のみならず,交感神経系ネットワークの低下,エネルギー支出の低下が同時に起こっている可能性がある.
本研究は,後部視床下部への進展を有する例では,後部視床下部への進展のない例に比較して,手術前,手術後1年目,手術後2年目のBMIがいずれも有意に高い事を明らかにした(p≦.01).また,術後のMRIでも後部視床下部への進展を有する例では,手術後2年目のBMIは有意に高かった(31 vs 26,p=.001).
では,手術前に後部視床下部への進展が認められる頭蓋咽頭腫ではどのような治療戦略をたてるべきであろうか.頭蓋咽頭腫では肉眼的全摘が再発を防ぐ最も重要な因子であることは言をまたない.
一方,視床下部進展の強い頭蓋咽頭腫に対して,視床下部を温存する手術(Hypothalamic sparing surgery:HSS)を実施することによって術後肥満が抑制されるとの報告はあるが(文献9),再発の危惧は払拭されていない.
本研究では,術前MRIにおける後部視床下部への腫瘍進展群でも,後部視床下部への進展がない群と同様の全摘出率であったが,やはりBMIは有意に高かった.このことは,視床下部後部への進展を有する頭蓋咽頭腫患者では病的肥満は術後に強くなるものの,その運命は手術前に既に定められていることを意味している.したがって,そのような患者でも可能ならば全摘出はめざすべきであろう.視床下部に深く侵入している腫瘍では,その部分を少し残して,ガンマナイフで再発をコントロールするという治療戦略はあるかも知れない.今後の研究に期待したい.
いずれにしても,術前MRIで後部視床下部への進展が認められる患者では,術後に肥満がさらに進行することを予想して,充分な体重管理を行う必要性がある.
<コメント>
頭蓋咽頭腫の視床下部への進展を前方のみ(前部群)と前方から後方まで(後部群)とに分け,後部群の方が術前後のBMIがより高いことを示した論文である.この施設では全摘出率が両群とも90%弱で,かつ術後の副腎機能低下は12-3%,尿崩症も高い方の後部群で36%と,私個人の経験と比べてかなり高レベルな手術成績である.それにも関わらず,術後は両群とも肥満になっている.ただし,前部群は術前24だったBMIが術後1年で26と一般的な肥満レベルにまで達した後は悪化していない.一方,後部群では術前29のBMIが術後1年で30,2年後は32と進行してしまい,10例以上で肥満に対する薬物治療や手術まで追加されている.気になるのは,本論文では高次脳機能についての評価がないことである.後部群で肥満が進行したことに高次脳機能障害が影響しているのではないだろうか.いずれにせよ,我々が手術で下垂体機能を温存したり,術後にホルモンを十分に補充したりしても,頭蓋咽頭腫では健常な視床下部システムとは違う状態に陥っているということである.本稿の考察にもある通り,自律神経機能,睡眠サイクル,体温や情緒の制御などを含めた視床下部の多彩な機能にも,我々脳神経外科医は注目すべきだということを示唆してくれる論文である.(大阪大学脳神経外科 押野悟)
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Muller HL, et al. Functional capacity, obesity and hypothalamic involvement: cross-sectional study on 212 patients with childhood craniopharyngioma. Klin Padiatr 215(6):310–314, 2003
- 2) Roth CL. Hypothalamic obesity in craniopharyngioma patients: disturbed energy homeostasis related to extent of hypothalamic damage and its implication for obesity intervention. J Clin Med 4(9):1774–1797, 2015
- 3) Joly-Amado A, et al. The hypothalamic arcuate nucleus and the control of peripheral substrates. Best Pract Res Clin Endocrinol Metab 28(5):725–737, 2014
- 4) King BM. The rise, fall, and resurrection of the ventromedial hypothalamus in the regulation of feeding behavior and body weight. Physiol Behav 87(2):221–244, 2006
- 5) Holmer H, et al. Hypothalamic involvement predicts cardiovascular risk in adults with childhood onset craniopharyngioma on long-term GH therapy. Eur J Endocrinol 161(5):671–679, 2009
- 6) Monroe MB, et al. Direct evidence for tonic sympathetic support of resting metabolic rate in healthy adult humans. Am J Physiol Endocrinol Metab 280(5):E740-744, 2001
- 7) Roth CL, et al. Semiquantitative analysis of hypothalamic damage on MRI predicts risk for hypothalamic obesity. Obesity 23(6):1226–1233, 2015
- 8) van Swieten MMH, et al. The neuroanatomical function of leptin in the hypothalamus. J Chem Neuroanat 61–62:207–220, 2014
- 9) Elowe-Gruau E, et al. Childhood craniopharyngioma: hypothalamus-sparing surgery decreases the risk of obesity. J Clin Endocrinol Metab 98(6):2376–2382, 2013