一般血液検査データで非定型髄膜腫の予後が推定出来る:454例での検討

公開日:

2023年4月12日  

Novel Postoperative Serum Biomarkers in Atypical Meningiomas: A Multicenter Study

Author:

Chang WI  et al.

Affiliation:

Department of Radiation Oncology, Seoul National University Hospital, Seoul National University College of Medicine, Seoul, Republic of Korea

⇒ PubMedで読む[PMID:36921247]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2023 Mar
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

非定型(異型)髄膜腫(WHOグレード2)摘出後の進行/再発率は高いが,それを予測するのは決して容易ではない.本稿は,ルーチンの血液検査でそれが予測出来ないかを検討した後方視研究である.対象は韓国4施設(ソウル大学校など),日本1施設(慶應義塾大学)で1998年以降20年間に摘出術を受けた新規の非定型髄膜腫523例(女性318例)で,このうち80.5%が全摘出術を,19.5%が亜全摘出術を受けた.手術後に29.8%が放射線照射を受けた.5年間の腫瘍進行/再発(P/R)率は26.8%,無増悪生存率は71.5%であった.組織学的なデータや検査データが不完全な69例を除いた454例を多変量解析の対象とした.

【結論】

術後の血液検査値は手術後1-7日に採血されたものを採用した.
多変量解析では,腫瘍径 >5 cm,亜全摘(=非全摘)手術,術後放射線照射なし,術後AST/ALT比(GOT/GPT比)>2,術後血小板数 ≤13.7万/μLの5因子が高いP/R率と独立相関した.
サブグループ解析では,術後放射線照射を受けた患者群では,腫瘍径 >5 cm,術後好中球/リンパ球比 >21が高いP/R率と相関した.一方,術後放射線照射を受けなかった患者群では,術後AST/ALT比 >2が高いP/R率と相関した.
術後のAST/ALT比,血小板数,好中球/リンパ球比は,非定型髄膜腫の新規に発見された血清学的予後推定因子である.

【評価】

頭蓋外悪性腫瘍では,一般血液検査データが,腫瘍のスクリーニング,診断,予後推定に用いられることは多い.好中球/リンパ球比,血小板数などが主なものである(文献1,2).
本研究の多変量解析では,腫瘍径 >5 cm,亜全摘(非全摘)手術,術後放射線照射なしとならんで,術後AST/ALT比 >2,術後血小板数 ≤13.7万/μLといった一般血液検査データが非定型髄膜腫の進行/再発(P/R)率と独立相関した.細胞分裂像,脳への腫瘍浸潤,骨への腫瘍浸潤,Ki-67といった組織学的な因子はP/R率とは相関しなかった.
悪性腫瘍では,AST/ALT比(De Ritis比)が特有の高いブドウ糖代謝を反映して上昇しており(Warburg効果),特に泌尿器系の悪性腫瘍ではAST/ALT比の臨床利用が普及している(文献3,4).一方,非定型髄膜腫でもブドウ糖代謝が高まっていることが知られている(文献5).本研究で,手術後の高いAST/ALT比がP/R率と相関したのは,高いAST/ALT比がブドウ糖代謝率が高い非定型髄膜腫の肉眼的あるいは顕微鏡的な残存量の多さを反映していた可能性がある.
一方,手術後に放射線照射が行われた腫瘍では手術後のAST/ALT比はP/R率と相関してはいなかった.このことは,手術後の放射線照射が効率よく残存腫瘍を除去していることを反映しているのかも知れない.
13.7万/μL以下の低い血小板数もまたP/R率と相関したが,この理由について,著者らは長い手術時間や術中出血の多さ,すなわち過剰な輸液による血液希釈を反映しているのかも知れないと述べている.そのような手術の対象は,大きな腫瘍や高い浸潤性のために手間や時間がかかった腫瘍であったに違いないというわけである.
さらに,術後放射線照射を受けた患者群における手術直後の高い好中球/リンパ球比はP/R率の独立した予測因子であった.CD8+陽性Tリンパ球の存在は放射線照射による殺腫瘍細胞効果にとって不可欠である(文献6).高い術後好中球/リンパ球比はCD8+陽性Tリンパ球を含む腫瘍浸潤リンパ球が少ないことを反映しており,そのことが術後照射の効果を減弱させた可能性が推定される.
著者らは以上の結果をもとに,手術後のAST/ALT比や血小板数は術後放射線照射実施の判断や画像フォローアップのインターバルの判断に用いることが出来,また好中球/リンパ球比は術後放射線照射の効果予測に使用できるかも知れないと述べている.
本研究で示された一般血液検査データと非定型髄膜腫の予後との関係についてはまだ因果関係が明確ではないが,日常臨床で得られるデータであるだけに臨床意義が高く,まずは他の大規模コホートで検証されるべきある.

<コメント>
WHOグレード2の異型髄膜腫の治療方針は,近年注目を集めている.全摘出後でも再発をしばしば認めるため,術後早期に放射線治療を行うか,再発時に放射線治療を考慮するかは未だ議論がある.いずれにしろ慎重な経過観察を要するため,病勢を反映するバイオマーカーの確立が求められていた.バイオマーカーの確立は,患者ごとに適した個別化医療を設定する上で重要である.本研究で血清学的予後推定因子として用いた術後AST/ALT比(De Ritis比)や,好中球/リンパ球比(Neutrophil-Lymphocyte Ratio:NLR)は,ごく一般的な日常採血で評価できる項目であり,汎用性が高い.特にNLRは体内の自然免疫や炎症に関わるとされ,最近では多くの体幹部癌の免疫チェックポイント阻害薬の効果予測因子としての報告も目立つ.本研究はソウル大学を含めた韓国4施設及び当院で行われたアジア発の多施設共同研究である.WHOグレード2の異型髄膜腫523例を扱う本研究は,これまでの大型研究にも引けを取らない症例数を誇り,本多施設共同研究の意義は大きいと考えている.この研究を元に,今後さらに大規模な前向きコホート研究が行われることを期待したい.(慶應義塾大学脳神経外科 田村亮太,戸田正博)

執筆者: 

有田和徳