神経血管減圧手術後には両側性の低音域聴力低下が起こり得る:埼玉医科大学

公開日:

2023年4月12日  

Bilateral Low-Frequency Hearing Impairment After Microvascular Decompression Surgery

Author:

Ujihara M  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Saitama Medical University, 38 Morohongo, Moroyama-machi, Saitama, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:36975375]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2023 Mar
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

神経血管減圧術(MVD)後に,患側の聴力低下が生じることがある.その頻度は,日本の多施設研究では三叉神経痛で2.4%,顔面けいれんで1.9%である(文献1,2).しかし,手術前後で純音聴力検査を行った症例を対象とすれば,その頻度は高く,メタアナリシスでは13.5%と13.4%に達する(文献3).従来,MVD後の聴力低下としては,高音域の低下が注目されてきたが(文献4),本稿の著者らはMVD後に低音域の聴力低下(LF-HI)が生じることに気がついていた.本稿は2015年以降に埼玉医科大学で実施されたMVD270件(顔面けいれん238例,三叉神経痛32例)を対象にその実態を解析したものである.

【結論】

全症例では術後8-10日に,手術側,非手術側ともに,軽度(平均1.4-6.8 dB)ながら低音域を中心とする有意の聴力低下が認められた(p <.001).
平均純音聴力(PTA)が手術側で15 dB以上低下したのは5例(1.8%)のみであった.
手術前と比較して,手術後に500 Hz以下帯域の純音聴力が15 dB以上低下したものをLF-HIと定義すると,81例(30%)にLF-HIが認められた.49例は手術側,24例は反対側,8例は両側であった.
PTA低下を伴わないLF-HI 77例のうち8例に聴力低下,耳閉感などの自覚症状があったが,術後数週で消失した.LF-HIの発生には高齢と同側手術が関係した.

【評価】

本シリーズではMVD術後に平均純音聴力(PTA)が低下した患者は270例中5例(1.8%)のみで,このうち3例は手術後25ヵ月以内に聴力の改善が認められている.したがって,術後3年以上の長期にわたって聴力低下が後遺したのは2例(0.74%)のみという低い頻度である.一方,全例の純音聴力を手術前後で比較すると低音部を中心に軽度であるが有意の低下が両側で認められている.さらに低音域の15 dB以上の低下(LF-HI)は30%に認められ,そのうち36%が反対側のLF-HIを呈したが,自覚症状を呈したものは1割(8例)で全例が数週間で症状改善を示したという.
要約すれば,MVD術後に平均純音聴力(PTA)が低下する患者は少ないが,低音域の聴力低下は3割に達し,その中で約1/3が手術の反対側に起こるということになる.
後頭蓋窩手術における手術と反対側の聴力低下は,MVDにおいてこれまでも報告されており(文献5,6),前庭神経鞘腫の手術後でも起こることがある(文献7).手術と反対側の聴力低下の原因については,ドリルによるノイズ,脳のシフト,血流障害,自己免疫,静脈性梗塞,硬膜閉鎖前の生理食塩水の過剰な注入,笑気を用いた麻酔,薬剤による聴力障害などの可能性が挙げられている.しかし,これらの因子の多くは,著者らの洗練された手術手技では可能性が低そうである.
著者らによれば,MVDを含む後頭蓋窩手術中は,髄液圧の低下に伴い,骨迷路を満たしている外リンパ(perilymph)が蝸牛水管(cochlear aqueduct)から髄液中に流出してしまうことが,代償的に内リンパ(endolymph)の増加を引き起こす.この結果,メニエル氏病でみられるような内リンパ水腫(endolymphatic hydrops)の状態となり(文献8,9),これが聴力低下の原因となると推測している.後頭蓋窩髄液圧の低下は手術と反対側の外リンパの流出も引き起こすので,反対側の聴力低下も起こり得るというわけである.興味深い仮説であり,もしかすると,MVD後の一過性めまいもこれが原因かも知れない.今後,手術後の高精細MRIや神経耳科的検査によって証明されることを期待したい.
一方,本稿によれば,術後にLF-HIとなった患者ではPTAが低下しない限り,約1割だけが自覚症状を示し,そのような患者でも数週間後には自覚症状が消失したとのことであるから,術後LF-HIは臨床的にはあまり気にする必要性はないのであろう.しかし,音楽家など,優れた聴力が不可欠な職業に従事する患者には,あらかじめ説明を必要とするべき病態かも知れない.

執筆者: 

有田和徳