公開日:
2023年5月1日Symptomatic subdural hemorrhage following heart valve surgery: a retrospective cohort study
Author:
Oshida S et al.Affiliation:
Departments of Neurosurgery and Cardiovascular Surgery, Iwate Medical University, Yahaba, Iwate, Japanジャーナル名: | J Neurosurg. |
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発行年月: | 2023 Feb |
巻数: | Online ahead of print. |
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【背景】
開心術後の硬膜下血腫は時々認められるが,その実態は明らかではない.岩手医科大学脳外科のチームは,2011年から2016年に実施された心弁膜症に対する体外循環手技を必要とする開心手術を受けた連続663例を対象に,この病態の解析を試みた.透析中の患者,非選択的手術,心肺循環に関するデータが欠落している症例,併せて107例を除外して,556例(男性301例,平均年齢68.4歳)を最終解析の対象とした.
【結論】
症候性の硬膜下血腫は11例(2.0%)で生じた.開心手術後,硬膜下血腫による症状出現までの期間は平均10.1日(範囲:2–37日)であった.11例中10例では硬膜下血腫は後頭部円蓋部か後頭蓋窩に生じた(後頭部円蓋部8例,後頭蓋窩1例,後頭円蓋部と後頭蓋窩1例).6例で開頭血腫除去が行われた.硬膜下出血1ヵ月目のmRSは1点1例,2点3例,3点4例,4点1例,5点2例であった.ロジスティック回帰解析では,大動脈クランプ時間(p =.04),手術後のヘパリンの高用量(p =.001),体外循環離脱前の肺動脈圧の高値(p =.04)が硬膜下血腫の出現と有意に相関していた.
【評価】
開心術周術期の脳卒中の発生頻度は1.1–5.2%と報告されている(文献1,2).虚血性脳卒中に比べれば出血性脳卒中の頻度は低い(0.5–1.0%)が(文献3,4),硬膜下血腫は出血性脳卒中の中では最も頻度が高いとされる(文献4).本稿は,心弁膜症に対する開心手術後の硬膜下血腫の頻度とそのリスク因子を解析したものである.その結果,硬膜下血腫の頻度は約2%で,平均10日目に発症し,その9割は後頭部円蓋部か後頭蓋窩に発生することが明らかになった.長い大動脈クランプ時間,手術後のヘパリンの高用量,体外循環離脱前の高い肺動脈圧は硬膜下出血のリスク因子であった.
この結果は,開心術後の硬膜下血腫は小脳天幕周囲に生じやすいという従来の報告と良く一致している(文献4,5).小脳天幕周囲は,外傷性の硬膜下血腫では1%を占めるに過ぎないので,その相違のメカニズムが気になるところである.
著者らは,頭蓋内の他部位では硬膜が2層膜(固有硬膜と骨膜硬膜)から成るのに対して,小脳天幕は固有硬膜の1層のみから構成されるという解剖学的な構造の違いに注目している(文献6,7).体外循環中の静脈鬱滞は橋静脈(bridging vein)内の圧力を高めるが,橋静脈が小脳天幕に流入する部位ではこの一層膜という小脳天幕の特殊性のために脆弱であり,容易に滲出性の出血が起こりやすいという.興味深い仮説ではある.著者らは,開頭手術中に橋静脈-小脳天幕移行部からの滲出性出血が多いのもこのためであろうと推測している.
また,肺動脈圧の高値も内頚静脈内圧を高める結果,橋静脈内圧を高め,滲出性出血を助長する可能性があると推測している.一方,手術後のヘパリンの高用量が,橋静脈-小脳天幕移行部からの滲出性出血に対する止血機構を阻害するであろうことは想像に難くない.
大規模な心臓外科チームを有する病院の脳外科医が,開心術後数日して,頭痛,麻痺,意識障害などの中枢神経症状を理由に,コンサルトを受けることはあり得る.このような場合は虚血性脳卒中のみならず,本稿のような小脳天幕周囲の硬膜下血腫の存在も考慮して,見逃さないようにすることが大切であろう.
<著者コメント>
心弁膜症術後の合併症のうち,脳卒中の頻度は1.1–5.2%と報告されており,それなりに頻度の高い合併症である.そのため,心臓血管外科を有する病院に勤務する可能性のある脳神経外科医は知っておくべき合併症だと考える.その内訳としては,虚血性合併症が最多であり,当院では虚血性合併症の危険性を術前に予測するために頭頚部MRI・MRAを全例に施行してきた.その甲斐もあって虚血性合併症は減少傾向にあるが,心弁膜症術後の硬膜下血腫のコンサルトが立て続けに数件続いた時期があった.さらに,その特徴は,術後1週間以上経過して症候化する点,外傷性としては非典型的な後頭蓋窩に局在する点,術中所見で漿液性成分が主体で責任血管がない点など,興味深い特徴が共通していた.過去の文献でも,同様の特徴がありそうではあるが,硬膜下血腫の発生原因や機序に関しての報告はなく,そもそも出血性合併症のうち,何故硬膜下血腫が多いのか不明であった.そこで,5年間の連続症例を後方視的に検討し,それらの特徴が偶然なのか,なんらかの病態が浮かび上がってくるのか検討した.
当院では,術前に全例頭部MRIを施行しており,頭蓋内病変が術前にないことを証明できたことも幸運であった.結果は,平均10.2日と亜急性の発症である,術中所見として漿液性の血腫成分である,出血源が同定できた症例はない,9割が小脳天幕周囲の発生と,外傷性とは明らかに異なる病態での発症機序を示唆する結果であった.また,多変量解析の結果,長い大動脈クランプ時間,手術後のヘパリンの高用量,体外循環離脱前の高い肺動脈圧は硬膜下出血のリスク因子であった.これらの因子から,人工心肺による定常圧が肺高血圧のために高い値で長時間続く症例では静脈灌流が鬱滞し,解剖学的に脆弱な小脳天幕及び大脳鎌周辺の架橋静脈流入部から滲出性に出血するのではないかと考察した.
大動脈弁手術はカテーテル治療に主役が交代しつつあるが,僧帽弁手術は未だ開心術が必要であり,僧帽弁の弁膜症患者は肺高血圧になりやすい病態であるため,硬膜下血腫の発生には今後も注視する必要がある.本研究により,リスク因子及び,亜急性の経過で症候化することが明らかとなったため,心臓血管外科医と連携し,症候化するまでに早期発見及び治療介入し,重篤化を防ぐ体制を構築していくことは重要だと考える.(岩手医科大学脳神経外科 大志田創太郎,小笠原邦昭)
執筆者:
有田和徳関連文献
- 1) Newman MF, et al. Longitudinal assessment of neurocognitive function after coronaryartery bypass surgery. N Engl J Med. 344(6): 395-402, 2001
- 2) Sotaniemi KA, et al. Long-term cerebral outcome after open-heart surgery. A five-year neuropsychological follow-up study. Stroke. 17(3): 410-416, 1986
- 3) Misawa Y. Valve-related complications after mechanical heart valve implantation. Surg Today. 45(10): 1205-1209, 2015
- 4) Maruyama M, et al. Subdural hematoma following cardiovascular surgery. Jpn J Stroke. 9(5): 408-414, 1987
- 5) Yokote H, et al. Chronic subdural hematoma after open heart surgery. Surg Neurol. 24(5):520-524, 1985
- 6) Adeeb N, et al. The cranial dura mater: a review of its history, embryology, and anatomy. Childs Nerv Syst. 28(6):827-837, 2012
- 7) Opperman LA. Cranial sutures as intramembranous bone growth sites. Dev Dyn. 219(4):472-485, 2000