高齢者ではくも膜下出血後の血管れん縮は起こりにくい

公開日:

2023年5月22日  

最終更新日:

2023年5月25日

Vasospasm risk following aneurysmal subarachnoid hemorrhage in older adults

Author:

Pavelka M  et al.

Affiliation:

Departments of Neurosurgery, University of North Carolina at Chapel Hill School of Medicine, Chapel Hill, NC, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:37119113]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2023 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

動脈瘤破裂によるくも膜下出血(aSAH)後の血管れん縮は40–70%の頻度で発生し,20–40%の頻度で症候化する(文献1).人口の高齢化とともに,高齢者のくも膜下出血も増加しているが,高齢者において血管れん縮のリスクが高まるか否かについては見解の一致を見ていない(文献2,3,4).ノースカロライナ大学脳外科のチームは,この問いに答えるため,2011年以降の10年間に治療したaSAHの386例を解析した.149例(38.6%)が66歳以上の高齢者であった.高齢者群も若年者群も96%が予防的ニモジピンの投与を受けていた.

【結論】

(症候性)血管れん縮は,くも膜下出血3-21日後に生じた,他に原因のない神経症状の悪化で,経頭蓋ドップラーでの血流速度上昇を伴うものと定義した.386例中,192例(49.7%)が血管れん縮を示した.この192例中,31例(16.1%)のみが66歳以上の高齢者であり,若年者は高齢者に比較して血管れん縮を起こしやすかった(調整後オッズ比8.06,p <.0001;95% CI 5.0–13.0).
その他,血管れん縮の発生と相関した因子は高血圧の既往(調整後オッズ比1.93,p <.03)と降圧剤の内服(調整後オッズ比1.70,p <.05)であった.

【評価】

従来,動脈瘤性くも膜下出血後の症候性血管れん縮発生の促進因子としては,高血圧,高脂血症,脳血管障害の既往,喫煙,飲酒,違法薬物の使用が挙げられてきた(文献4).年齢については諸説があったが(文献1,2,3),本研究では,相対的低年齢(<65歳)は血管れん縮発生の強い促進因子(調整後オッズ比8.06)であり,この他,高血圧と降圧剤の内服が有意の促進因子であった(調整後オッズ比1.93と1.70).すなわち66歳以上の高齢者では症候性脳血管れん縮は有意に少ない事を明らかにした.また,高齢者では在院日数も有意に短かったが(平均16 vs 21日,p <.01),著者らは,このことは症候性脳血管れん縮が少なかったことが影響している可能性があると述べている.
著者らはまた,高齢者でくも膜下出血後の症候性血管れん縮が少ない理由として,加齢に伴う動脈硬化による血管収縮の抑制(文献5),炎症反応の違い(文献6),髄液循環の違い(文献7)を推測している.
北米では脳血管れん縮の予防目的で,動脈瘤性くも膜下出血の患者に,ほぼルーチンでニモジピンの投与が行われているが,ニモジピン投与には,低血圧,霧視,めまい,浮腫,徐脈,不整脈などの有害事象が伴いやすく(文献8),特に高齢者ではリスクが高い.また,高齢者では,ICUでの集中管理はせん妄を引き起こすことが多い.さらに,血管れん縮の発生が疑われる患者では,昇圧,循環血液量増加,血液希釈,髄液内薬液注入などの治療が行われるが,やはり高齢者にとってはリスクの高い治療である.
著者らは,本研究の結果を受けて,高齢者では不必要で時には危険な介入を減少させるように,血管れん縮予防のパラダイムを変更すべきであると示唆している.

<コメント>
「SAH後の脳血管攣縮は高齢者(>65歳)では頻度が低いので,様々なリスクのある攣縮予防策実施には慎重になるべき」,という趣旨である.本論文での攣縮の定義は「経頭蓋Dopplerの流速上昇を伴う神経症状悪化」なので,攣縮の評価は主幹動脈近位部に限定される.加齢による動脈硬化等により攣縮が起こりにくい可能性はこれまでも散発的に指摘されており,今回のデータは一定の説得力を持つが,本論文の解釈に下記の注意が必要である.
(1)攣縮の頻度が低くても,重篤度が高いかもしれない
「高齢者では脳血流量低下に対する予備能が低く,攣縮の頻度は低くてもひとたび起これば転帰不良となるため,積極的な予防治療が必要」とする報告がある(壺井ら,脳卒中の外科47:434-438, 2019).事実,今回の論文では退院時予後は高齢者で明らかに悪く,死亡率も2.7倍高いのであるが,Tableに示されるのみで本文では一切触れられていない.さらに著者は「攣縮が少ないので平均在院日数が有意に短い(21日 vs 16日)」と主張するが,予後不良退院が多ければ良い事象とは言えないであろう.予後の検討・考察なしに予防的治療に否定的な論旨を展開するのはフェアでない.
(2)破裂脳動脈瘤の治療法が検討されていない
外科治療の検討が脳室ドレナージの有無のみであり,クリッピング,コイル塞栓術,非介入(超高齢者ではありえること)の実施状況が一切検討されず,研究のlimitationにも含まれていないのは奇異である.全身状態や根治性を考えると,若年者と高齢者で治療モダリティの選択に差が生じることは想像に難くなく,これが攣縮頻度に影響する可能性を除外できない.
【まとめ】
日本では2022年にエンドセリン受容体拮抗薬であるクラゾセンタンが認可され,脳血管攣縮予防治療は大きな転換点を迎えた.本剤は高い脳血管攣縮予防作用が期待される反面,強力な水分保持作用による肺水腫等の合併症も多いため,高齢者への適応も慎重に検討されなければならない.その点において,本論文は現場に一定の示唆を与えるものといえよう.しかし,患者予後を無視して攣縮発生率のみで治療法の是非を語るのは,やはり何か違和感を覚えるのは評者だけではなかろう.(近畿大学脳神経外科 高橋 淳)

執筆者: 

有田和徳