脳室-頚静脈孔シャントの経験:より生理的状態に近いシャント・システムの提案

公開日:

2023年5月22日  

最終更新日:

2023年5月25日

Ventriculosinus shunt: a pilot study to investigate new technology to treat hydrocephalus and mimic physiological principles of cerebrospinal fluid drainage

Author:

Munthe S  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Odense University Hospital, Odense, Denmark

⇒ PubMedで読む[PMID:37086160]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2023 Apr
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

髄液シャント手術においては,髄液を腹腔あるいは心房腔に誘導することが殆どである.これらはいずれも非生理的な髄液吸収部位であり,オーバー・ドレナージ,シャント機能不全,シャント閉塞を来たしやすく,再建術の必要性は30%前後と高い(文献1,2,3).本研究はデンマークで行われた脳室-頚静脈孔(球)シャントのパイロット試験である.本手術で用いるデバイスは,通常のワンウェイ・バルブ付き脳室側デバイスの末梢にポリエーテルエーテルケトン(PEEK)製の流動抵抗機能を有するチューブが接続されたものである(出口デバイス).PEEKチューブは,静脈壁との接触を防ぐべく,ニチノール製のバスケットで囲まれている.

【結論】

脳室側デバイスを設置後,腹腔側チューブは耳介後部皮下を通して頚部に誘導し,先に透視下で頚静脈孔(球)内に誘導した出口デバイスと結合した.術後8週間,アスピリン75 mg/日を内服した.
対象は正常圧水頭症と診断された66歳から82歳の12例.同デバイスを設置後6ヵ月目の評価時点で,10例でシャントが開通していた.この10例全例でオーバー・ドレナージの症状はなく,CTあるいはMRI静脈撮影では静脈洞の閉塞はなかった.7例で正常圧水頭症の症状改善が認められた.
1例は6ヵ月目の評価以前に死亡した.1例は出口デバイスの設置位置が目標より下方の内頚静脈内であり,このため術後3ヵ月で閉塞した.

【評価】

古典的な脳脊髄液のbulk flow仮説によれば,髄液は静脈洞周囲のくも膜顆粒で吸収され,静脈洞内に流入する(文献4).したがって水頭症における過剰な髄液の受け皿は,腹腔や右心房よりも静脈洞の方がより生理的ということになる.既に1980年代に脳室-上矢状静脈洞シャントは報告されているが,広く受け入れられることはなかった(文献5).
Børgesen SEが率いるこのデンマークのチームは1999年から脳室-横静脈洞シャント手技を導入し,2004年に46例の結果を報告している.これによれば,シャントシステムの機能は良好で,臨床症状の早期改善が得られ,オーバー・ドレナージもなかった(文献6).しかしその後の追跡では,長期的にはその効果は持続せず,術後およそ3ヵ月目には,大部分の症例で,髄液出口部の閉塞によってシャントシステムが機能しなくなっていたとのことである.
今回,彼らは20年前の研究とその後の追跡結果を総括して,いくつかの改良を行っている.一つは髄液出口をニチノールのバスケットフレームで囲んだことで,これによって髄液出口が静脈洞壁に接することをなくし,内皮細胞が髄液出口を覆ってしまうことを防ぐ意図がある.また,頚静脈球は周囲が完全に骨によって囲まれているため虚脱する恐れがないこと,頚静脈球は頭蓋腔に近接しているため,あらゆる体位においてサイホン効果を最低化し得ることから,出口デバイスの留置部位を頚静脈孔(球)内とした.
本研究は少数例でのパイロット試験であるが,12例中他の原因による早期死亡1例と誤設置1例を除けば,10例で6ヵ月目の評価時点の開通が確認出来ており,オーバー・ドレナージなどの合併症もないという.次の大規模臨床試験に向けての第一歩を開始出来たということが出来る.今後の発展に期待したい.

<コメント>
シャントシステムのドレナージを内頚静脈から逆行性に頚静脈孔部静脈洞に留置するデバイス開発が紹介されている.この根拠になっているのは,脳脊髄圧の変動が静脈洞内の圧変動とよく連動しており,体位によるサイホン効果も少ないということであり,理にかなっているように見える.さらに,ドレナージチューブが閉塞しやすいという過去の失敗を克服すべく,下肢の深部静脈血栓の治療に用いるような金属製バスケットを頚静脈孔部静脈洞に留置することで,デバイスの移動と閉塞を防止しようと試みている.素晴らしいアイデアだが,12例中早期死亡1例と誤設置による閉塞1例を来していることからも,医療機器としては未熟なデバイスと感じる.さらに,脳室側カテーテル留置時の頭蓋内出血は,最も回避したい侵襲的な合併症と考えるが,この方法では術後すぐにアスピリンを内服することとなり,出血リスクを増長する可能性がある.また,髄液シャント手術におけるシャント閉塞の主因は,脳室側もしくは腰椎くも膜下腔側のカテーテルの留置位置であることが明らかであり,オーバー・ドレナージは現在の圧可変式シャントバルブとサイフォンガードなどの過剰排出防止デバイスを用いることで十分に克服できていることから,本デバイスを用いるメリットはないと考える.安全性と治療効果が確立している現在のデバイスを用いたVPシャント術もしくはLPシャント術に対する優位性はもちろん,非劣勢すら証明することは困難であることが予想される.そして,著者らは静脈洞こそが生理的な髄液吸収部位であると信じているが,この仮説は現在の多くの知見で否定されている.現在の常識ではリンパ系が主たる髄液吸収経路となっていることから,腹膜が生理的に最も近い吸収経路と考えられる.(名古屋市立大学脳神経外科 山田茂樹)

執筆者: 

有田和徳