想像し得る背景因子を調整しても貧困地区では認知症の発症リスクが高い:米国退役軍人コホート164万人の平均11年間の追跡

公開日:

2023年9月11日  

最終更新日:

2023年9月27日

Dementia Risk and Disadvantaged Neighborhoods

Author:

Dintica CS  et al.

Affiliation:

Department of Psychiatry and Behavioral Sciences, University of California, San Francisco, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:37464954]

ジャーナル名:JAMA Neurol.
発行年月:2023 Jul
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

居住地区の社会経済的な水準(貧困の程度)は認知症リスクに影響するのか.本研究は米国の5段階の地域剥奪指標(ADI,第1五分位:最も裕福な地区-第5五分位:最も貧困な地区)と居住者の認知症の発生頻度の相関を検討したものである.ADIは,収入,教育,就労,家屋など17の評価項目を基に全米の居住地区(約21万ヵ所の国勢調査細分区グループ)毎に定められている(文献1).
対象は55歳以上の認知症のない米国の退役軍人約164万人(平均68.6歳,男性98%)で,毎年5%をランダムに抽出して,ADRD(アルツハイマー病+関連疾患)の有無,背景因子,生死に関する情報を獲得した.

【結論】

平均11.0年間(SD:4.8)の追跡中に12.8%が認知症と診断された.ADI第1五分位(裕福な地区)の住人と比較して,貧困レベルが上がるほど認知症罹患の調整ハザード比は上昇した(第2五分位1.08,第3五分位1.13,第4五分位1.17,第5五分位1.31).性,人種,民族性,頭部外傷の既往,心的外傷後ストレス障害,うつ,喫煙,糖尿病,肥満,高血圧,脂質代謝異常を調整しても,やはり貧困レベルが上がると認知症罹患の調整ハザード比は上昇した(第2五分位1.09,第3五分位1.14,第4五分位1.16,第5五分位1.22).調整因子に教育レベルと収入を加えてもこの相関は変わらなかった.

【評価】

これは何か?本稿を要約すると,考え得る全ての背景因子(性,人種,民族性,頭部外傷の既往,心的外傷後ストレス障害,うつ,喫煙,糖尿病,肥満,高血圧,脂質代謝異常,教育レベル,収入)を調整しても,貧困地区に住んでいる退役軍人は最も裕福な地区に済んでいる退役軍人と比較して認知症に罹患しやすかったということになる.
同様に,貧困地域で認知症の発症が多いという事実は,ミネソタ州や北カリフォルニア地区における研究でも報告されている(文献2,3).またウィスコンシン州の住民を対象とした研究では,ADI最貧困地域の住人は相対的に海馬体積が小さいことも報告されている(文献4).これらは州レベルでの研究であるが,本研究の対象は,退役軍人保健局が管理する全国920万人の退役軍人から抽出された約164万人で,少なくとも米国の55歳以上の男性の多様性と全体像を反映するものになっている.
本研究の結果は,認知症の発生と個人の社会環境への曝露(social exposome)とが強く相関していることを示唆している.では,具体的に社会環境のどの要素が認知症の発生に寄与しているのか大変に興味深いが,著者らは今後の検討課題としている.

<コメント>
本論文では,背景因子(性,人種,民族性,頭部外傷の既往,心的外傷後ストレス障害,うつ,喫煙,糖尿病,肥満,高血圧,脂質代謝異常,教育レベル,収入)を調整したと記載されているが,示されている背景因子の多くは認知症の危険因子である.
しかし貧富の相違で大きな差が出てくるのは防御因子(protective factor)の方ではないかと考えられる.運動,睡眠,食事・栄養内容,赤ワイン,対人的コミュニケーション,知的活動など,認知症発症に関係すると示唆されている防御因子は多数ある.貧困地区の居住者はこうした点にあまり配慮しない可能性がある.本研究では,これら認知症の防御因子が調整されていないので,認知症罹患率に差が出たのではないか.本論文はそれを暗示しているものと捉えることも出来る.(国立病院機構 弘前総合医療センター 大熊洋揮)

執筆者: 

有田和徳