グリオーマ細胞は人の学習・記憶におけるシナプス増強メカニズムをハイジャックして増殖する:Nature

公開日:

2023年11月27日  

最終更新日:

2023年11月27日

Glioma synapses recruit mechanisms of adaptive plasticity

Author:

Taylor KR  et al.

Affiliation:

Department of Neurology and Neurological Sciences, Stanford University, Stanford, CA, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:37914930]

ジャーナル名:Nature.
発行年月:2023 Nov
巻数:623(7986)
開始ページ:366

【背景】

グリオーマ細胞の増殖は,周囲神経におけるパラクリン・システムや神経-グリオーマ・シナプス(悪性シナプス)を介した腫瘍細胞周囲の神経活動の影響下にあることが判ってきた(文献1,2,3).
正常脳では神経活動依存性BDNF分泌がシナプス結合の適応可塑性を強化している.
本稿でスタンフォード大学のチームは,グリオーマ細胞においても神経由来のBDNFがグリオーマ細胞上のTrkB受容体に結合してCAMKIIの経路を活性化し,AMPA受容体の腫瘍細胞膜への輸送を高め,細胞膜AMPA受容体を過剰発現させていることを明らかにしている.

【結論】

この悪性シナプス結合は,健常脳における記憶と学習に貢献するシナプス可塑性メカニズムと共通する特徴を有していた.すなわち,腫瘍細胞膜AMPA受容体の過剰発現の結果,グリオーマ細胞膜上のグルタミン酸誘発性電流の電位は増幅しており,この電位増幅が腫瘍細胞の増殖促進をもたらしていた.
グリオーマ細胞と神経細胞の共培養実験においては,記憶・学習に貢献するシナプス可塑性(増強)メカニズムに深く関わっているBDNF–TrkB結合の抑制,すなわちBDNFの分泌抑制やTrkBの発現抑制が腫瘍細胞増殖を妨げることも明らかになった.
さらにヒトグリオーマのマウス脳移植モデルでも,TrkBの発現抑制やTrkB阻害剤(entrectinib)の投与は個体の長期生存をもたらした.

【評価】

グリオーマ細胞と周囲の神経組織との間には種々のシナプスが形成されており,シナプスを介した双方向性の電気的活動が腫瘍細胞増殖と周囲脳の神経活動に影響を与えていることが知られてきた(文献1,2,4,5).また,神経細胞のパラクリン・シグナルが腫瘍細胞の発生・増殖に与える影響も報告されてきた(文献3,6,7).本研究を行ったスタンフォード大学のチームは,既に2019年のNature誌に,グリオーマは神経細胞との間にシナプスを形成し,双方向性の電気的活動が腫瘍増殖に寄与することを明らかにし,神経細胞のシナプス発現因子であるNLGN3をノックアウトすると,共培養時に腫瘍細胞増殖が抑制されることを報告している(文献8).
またUCSFのグループは2023年6月のNature誌で,膠芽腫は神経ネットワークをリモデリングしながら増殖しており,腫瘍と脳との機能結合が高い膠芽腫患者では,低い患者に比べて言語課題遂行能力が低く,OSが短いことを報告している.彼らはまた,脳との機能結合が高い部分から得られた膠芽腫細胞(HFC細胞)は,機能結合が低い部位から得られた膠芽腫細胞に比較して,シナプス形成性因子であるトロンボスポンジン1をより多く分泌していることを示している.
本研究では,神経活動によって分泌されたBDNFは腫瘍細胞膜上のTrkB受容体と結合してCAMKIIシグナルを活性化し,AMPA受容体の腫瘍細胞膜(シナプス後膜)への輸送を高めることを明らかにした.これによってシナプス前膜から放出された グルタミン酸に対する受容体であるAMPA受容体が過剰発現する.このため,グルタミン酸放出に対するシナプス後膜の脱分極電流は増強され,これが腫瘍細胞の増殖促進につながる.TrkBは記憶や学習を通じた神経細胞の可塑性に関わる受容体である.著者らは,グリオーマ細胞が有するこのメカニズムは,健常脳が有する適応可塑性メカニズムをハイジャックしたものであると述べている.
なお本稿のヒトグリオーマのマウス脳移植モデル実験で用いたentrectinibはNTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がんへの適応で,本邦ではロズリートレク(中外製薬)の商品名で2019年に承認を受けている.
グリオーマ細胞と神経のパラクリン・システムや(悪性)シナプス結合を通じたクロストークの研究は今後益々進化しそうである.更にグリオーマに対する薬物治療がグリオーマ細胞だけではなく,こうしたクロストークをターゲットとしたものに拡大する可能性がある.

執筆者: 

有田和徳