前庭神経鞘腫摘出術後の遅発性顔面神経麻痺はその後どうなるのか:神戸大学の38例

公開日:

2024年1月10日  

最終更新日:

2024年1月15日

Delayed facial palsy after resection of vestibular schwannoma: does it influence long-term facial nerve functional outcomes?

Author:

Fujita Y  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Hyogo, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:38100764]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2023 Dec
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

前庭神経鞘腫摘出術直後には顔面神経麻痺がなかった患者に,手術後数日して顔面神経麻痺が生じることがある(文献1,2).これを遅発性顔面神経麻痺(DFP)と呼ぶ.その頻度は4.8-25.0%で(文献2,3,4),稀なものではないが,その原因,危険因子,病態,有効な治療,予後に関しては未だ判っていない.神戸大学のFujitaらは自験の孤発性前庭神経鞘腫を解析して,こうした問題を検討した.DFPは手術後72時間以上経過後にHBグレードの1段階以上の悪化が認められたものと定義した.対象は前庭神経鞘腫266例で,38例(14.3%)にDFPが認められた.DFP発生中央値は術後8.5日(4-21日)であった.

【結論】

手術直後の顔面神経機能が正常(HBグレードI)だった患者では,手術後24ヵ月目の顔面神経機能は,DFPの有無によらず100%良好(HBグレードIかII)であった.一方,手術後の顔面神経機能に多少の障害(HBグレードIIかIII)があった患者では,手術後24ヵ月目の良好な顔面神経機能(HBグレードIかII)の頻度はDFP群で低かった(手術直後グレードII群で77.8 vs. 100%,p =.001,グレードIII群で50.0 vs. 90.3%,p =.042).
多変量解析では,DFPの発生と手術後1日目の高いHDグレードは術後長期の顔面神経機能低下の予測因子であった(いずれもp <.001).

【評価】

本稿は,手術直後に顔面神経機能が正常(HBグレードI)であった患者では,DFPが発生しても長期的(24ヵ月目)には顔面神経機能は良好(グレードIかII)であることを明らかにした.一方,手術直後に顔面神経機能に多少の障害があった患者(グレードIIかIII)にDFPが発生すれば,良好な顔面神経機能は長期的に保たれ難かった.
従来,大きな腫瘍,全摘出例,術中顔面神経電気刺激への反応性の低下などがDFPのリスク因子として報告されているが(文献5,6),本研究対象ではDFP群と非DFP群では腫瘍径,摘出率,性,年齢,術中顔面神経反応性に差はなかった.また著者らは,DFPが発生した患者にはベタメタゾン4 mgを1週間漸減投与しているが,この謂わば経験主義的な治療法にはDFPの持続期間を短縮させたり,最終追跡時の顔面神経機能を改善させる効果はなかったという.
こうした結果をみると,DFPの予知は不可能で,またその有効な治療法もなさそうである.ただし,手術直後の顔面神経機能が正常であったものは,たとえDFPが起こっても顔面神経機能は良好なので,手術直後の顔面神経機能を正常に保つことが長期の顔面神経機能維持のために出来る唯一の解決策であると著者らはまとめている.
確かにDFPは,前庭神経鞘腫摘出術が顔面神経麻痺なしに無事に終わってほっとしている術者をがっかりさせる嫌な合併症である.同様のことは,片側顔面けいれんに対する神経血管手術後でも起こり得る(文献7,8).これまでのところ,DFPの原因としては,手術に起因する炎症,血管れん縮,ウィルスの再活性化などが推測されているが(文献9,10),本稿も含めてそれを証明した研究はない.今後,分子学的あるいはウィルス学的な手法も含めた前向き研究でDFPの原因と適切な治療法が明らかになることを期待したい.

<著者コメント>
遅発性顔面神経麻痺(DFP)は一般的に予後良好な術後合併症と認識されている.それならば,聴神経腫瘍術後にDFPが生じた患者に対して,DFPが生じなかった患者と同等の顔面神経機能予後を期待してよいだろうか.本研究の目的はこのクリニカルクエスチョンに答えるため,DFPが術後顔面神経機能の長期予後に与える影響を明らかにすることであった.
我々はDFPの潜在的な影響を検出するため,DFPを術後72時間以上経過後にHBグレードが1段階以上悪化したものと定義し,DFP発症前のHBグレードに関わらず網羅的に解析した.本研究で得られた新たな知見は以下の通りである.DFPは術直後の顔面神経機能が正常な患者においては,従来の認識通り予後良好な合併症(マイナートラブル)といえる.一方,術直後に少しでも顔面神経機能障害がある患者においては,DFP発症はDFPがなかった患者と同等の予後が期待し難くなる合併症(メジャートラブル)といえることが分かった.これはDFPを術後72時間以上経過後にHBグレードが2段階以上悪化したものと定義し直した感度分析でも同様の結果であった.
本研究ではDFPのリスク因子の同定,有効な治療法の検出には至らなかった.これらに関してはDFPの病態解明とともに今後の課題である.現状において予測不能な術後合併症DFPに対峙する唯一の解決策は,術直後に正常な顔面神経機能を温存することといえる.本研究を通し,聴神経腫瘍手術における顔面神経機能温存の重要性を再認識した.(神戸大学脳神経外科 藤田祐一)

執筆者: 

有田和徳