大孔部髄膜腫のドライバー遺伝子変異と臨床像の関係

公開日:

2024年2月26日  

最終更新日:

2024年4月1日

Genetic characterization and mutational profiling of foramen magnum meningiomas: a multi-institutional study

Author:

Hua L  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Huashan Hospital, Shanghai Medical College, Fudan University, Shanghai, China

⇒ PubMedで読む[PMID:38277657]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2024 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

近年,髄膜腫のドライバー遺伝子変異はその発生部位によって異なることが報告されている(文献1,2).本稿は中国復旦大学,鹿児島大学,ドレスデン大学で採取された大孔部髄膜腫の遺伝子変異と臨床像に関する後ろ向き解析である.対象は62例(女性46例,男性16例)で,年齢中央値は60歳(28–87歳).腫瘍発生部位は外側型32例(51.6%),前方型24例(38.7%),後方型6例(9.7%)であった.解析した遺伝子はAKT1,KLF4,NF2,POLR2A,PIK3CA,SMO,TERT promoter,TRAF7などであった.58例(93.5%)でドライバー遺伝子変異が見つかった.

【結論】

TRAF7変異は26例(41.9%)と最も頻度が高く,AKT1E17K変異の19例(30.6%)が続いた.この2つの遺伝子変異は外側局在と相関した(p =.0078).NF変異は11例(17.7%)で認められ,腫瘍の後方局在と相関した.その他の変異としてはPOLR2A変異8例(12.9%),KLF4変異7例(11.3%)などがあった.POLR2AとKLF4変異は女性のみに認められた.AKT1E17K変異とPOLR2A変異を有する腫瘍は全例meningothelialタイプであった.石灰化(10例)はAKT1変異腫瘍よりもNF2変異腫瘍で多かった(p =.047).

【評価】

既に,髄膜腫の遺伝子変異は組織型や髄膜の胎生原基(発生部位)によって異なっていることが報告されている(文献1,2).東京大学のOkano,Miyawakiらによれば,AKT1,KLF4,SMO,POLR2A遺伝子変異を示す髄膜腫の多くは傍軸中胚葉起源の硬膜(頭蓋底硬膜)から発生していた(p <.001).神経堤(冠状縫合より前方の円蓋部,前・中頭蓋底,大脳鎌,小脳天幕)や背側中胚葉(後頭蓋窩)に由来する髄膜腫では相対的にこれらの遺伝子変異は少なく,NF2遺伝子変異 and/or 22q欠失が多かった(文献2).
本研究は,後頭蓋窩髄膜腫の中でも手術によるコントロールが最も困難な(文献3,4)大孔部髄膜腫にターゲットを絞って,遺伝子変異と臨床像の関係を解析したものである.その結果,大孔部髄膜腫では,TRAF7変異は41.9%と最も頻度が高く,AKT1E17K変異(30.6%),NF2(17.7%)が続いた.TRAF7変異は他部位の髄膜腫では稀であり,この部位の髄膜腫の起源が他部位のそれとは大きく異なることを示唆している.また,TRAF7変異は大孔の前方-側方に発生した腫瘍に多く,後方に発生した腫瘍にはないなど,遺伝子変異と腫瘍発生点の相関を示唆した点もユニークである.さらに,遺伝子変異と性との関係も解析しており,過去の報告でも指摘されているように(文献1,5,6),POLR2AとKLF4が女性のみで認められた.この他,本研究では遺伝子変異と患者の年齢,腫瘍の大きさ,組織型についてもいくつかの相関を指摘している.
現在,SMO/AKT/NF2/CDK経路の変異を有する進行性髄膜腫に対する複数の同経路阻害剤の第2相試験(NCT02523014)が米国で進行中である(文献7).こうした分子標的薬の有効性が示されれば,本研究のシリーズの約3割に認められるAKT1E17K変異陽性の大孔部髄膜腫のうち,再発あるいは進行性の腫瘍に対する有力な補助療法が登場することになろう.
本研究の問題点としては,他部位の髄膜腫を対照群とした比較がないことである.今後,後頭蓋窩髄膜腫や脊髄髄膜腫と比較することによって,その境界に位置する大孔髄膜腫の遺伝学的な背景をより一層明確にすることが出来ると思われる.

<コメント>
本研究は大孔部髄膜腫に焦点を当てた多施設共同研究であり,比較的頻度の少ない同部の髄膜腫において,性別や大孔部のどの部位から発生するかに関してdriver mutationの違いが関連していたことは興味深い.本研究で検討のために選択された変異は,過去10年間で髄膜腫の発生部位とdriver mutationの関連を解明した多くの先行研究の中で候補として上がってきていたものである.多くの髄膜腫が接触・付着し栄養動脈を受ける硬膜組織の発生学に迫ることで,最終的には外科的治療のみでは制御しえない難治性髄膜腫の治療開発に繋がることが期待される.
一方で大孔部髄膜腫に焦点を当てた本論文の限界としては,著者らも認めるとおり今回の知見と腫瘍制御との関連が明らかでないことである.その理由として著者らは再発した症例が少なかったためと述べているが,これは感覚的にも理解しやすい.大孔部髄膜腫は経験的に組織学的悪性度が高いことは稀である.本研究でNF2変異が約18%と他部位の報告より低頻度であったことにもこの点が現れているのではないか.さらに,近年の手術技術やモニタリングの進歩により,大孔部髄膜腫の外科的切除率が向上している可能性も指摘しておきたい.
そして,いわゆる再発を繰り返す難治性髄膜腫は複数の単一のdriver mutationによってその形質を獲得したというより染色体異常を伴うことがほとんどであり,“clinically actionable mutation”の探索と治療へ結びつける試みは現時点では順調であるとは言いがたい.(群馬大学脳神経外科 大宅宗一)

執筆者: 

有田和徳