片側顔面けいれんに対する神経血管減圧手術における側方拡散反応(LSR)の消失は手術の効果と相関しない:Mayoクリニック

公開日:

2024年2月26日  

最終更新日:

2024年3月31日

Predicting long-term outcomes after microvascular decompression for hemifacial spasm according to lateral spread response and immediate postoperative outcomes: a cohort study

Author:

Helal A  et al.

Affiliation:

Department of Neurologic Surgery, Mayo Clinic, Rochester, MN, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:38241672]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2024 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

片側顔面けいれんの患者では,顔面神経の一枝を電気刺激した時に他の顔面神経分枝領域の筋電図反応が認められ,これを側方拡散反応(LSR)あるいはAMRと称する.このLSRを観測しながら神経血管減圧手術を行い,その消失をもって減圧の達成と判断する術中モニタリングは広く導入されている.本稿はMayoクリニックで過去約20年間に神経血管減圧術が実施され,術後に最低1年以上の経過観察が行われた片側顔面けいれん119例の長期手術成績と,全例で実施された術中LSRモニタリングの意義についての解析である.34%では10年間以上の追跡が行われた.神経減圧前のLSRは93%で認められ,80%は神経減圧に伴って消失した.

【結論】

術後1年目で,顔面けいれんは完全消失78%,主観的に改善9%,不変13%であった.手術直後(術後1日目)の顔面けいれんの状態は長期追跡後(10年目)の顔面けいれんの状態と相関しなかった(p =.13).術中のLSRの変化は,手術後の顔面けいれんの転帰とは相関しなかった.カルバマゼピンなどの神経調節薬を服用していた患者では,病悩期間が長く,減圧後もLSRが持続しやすかった.顔面けいれんの再発は相対的に低い年齢と相関し(p =.01),LSRの存在や消失とは関係がなかった.
長期的(>5年)な神経血管減圧術の効果予測には,術中LSRの変化や手術直後の顔面けいれんの消失は役立たなかった(p >.99とp =.52).

【評価】

片側顔面けいれんに対する神経血管減圧手術は高率に長期的な寛解をもたらすことが知られている(文献1,2).日本における多施設共同前向き登録研究でも,片側顔面けいれんに対する神経減圧手術後3年目の完全寛解率は87.1%と高い(文献3).本稿もまた,術後5年目の完全寛解率は84%と高いことを示している.
側方拡散反応(lateral spread response:LSR)は,片側顔面けいれん患者に認められる異常な筋反応(abnormal muscle response: AMR)である.顔面神経の眼輪筋枝を刺激した時に口輪筋で,あるいは下顎縁枝を刺激した時に眼輪筋で筋電図が記録される.LSRには顔面神経核の過剰興奮性や顔面神経の脱髄が関与していると考えられている(文献4,5).神経血管減圧術中の顔面神経への圧迫の解除とともにLSRの消失が認められることから,術中モニタリングとしてLSRを推奨する術者は多い(文献1,6).しかし,LSRの術中モニタリングとしての役割を否定する術者もおり(文献7),コンセンサスはない.上述の日本における多施設共同前向き登録研究では,対象の486例中49%でLSR(AMR)モニタリングが実施されていた.興味深いのは,この日本の多施設共同研究においては,LSRモニタリング使用群の方が,短期経過時(術後1週間)の顔面けいれんの完全消失率が低かったことである.LSRは減圧達成後数秒で消失することから,もしかするとLSRモニタリング使用群では,圧迫血管の十分な移動が達成されないうちに減圧操作が終了されていたのかも知れない.
本研究では,全例で術中LSRモニタリングが実施されているが,術中のLSRは93%で認められ,減圧達成に伴って80%は完全消失,3%は部分消失,17%は残存した.こうした術中LSRの変化あるいは不変は,手術後どの時点(1,5,10年後)の手術転帰とも相関は認められなかった.日本からの報告や本稿のデータを見ると,LSRモニタリングは,少なくとも片側顔面けいれんに対する手術成績の向上には役立っていないことが推測される.しかし,こうしたデータはエキスパートの施設での経験に基づくものであることに注意が必要で,初心者では , 視覚的に減圧が達成されたと判断したのにLSRが残っていたために,良く探したら他の圧迫血管が見つかることがあるかも知れない.現段階で,LSRモニタリングが不要と断定するのは未だ時期尚早のような気もする.
本稿のシリーズにおける再発は8%と過去の報告と同様であるが(文献8),再発までの期間が平均56ヵ月(IQR:10-84)と長いことには注意が必要で,4-5年の追跡では治癒と断定出来ない可能性を示している.また,再発は相対的若年者に多かった.Chang WSらも相対的若年者に再発が多いことを報告しているが(文献9),その理由は明らかではない.いずれにしても若い患者では長期の経過観察は必須であろう.

<コメント>
本論文は,片側顔面けいれん(HFS)に対する神経減圧術の術後10年までの長期予後をlateral spread response(LSR)の術中モニタリングやその他の様々な臨床的因子で予測できるかを調べた研究である.その結果,術後平均101ヵ月の観察期間で,78%がHFSの完全消失,9%が有意な改善を示していた.予後予測因子としては,LSRは結果に全く反映せず,手術時年齢がより若いほどHFSの再発リスクが有意に高かったと報告している.特にLSRについては長期予後だけではなく,術直後の結果も予測できず,術中モニタリングとして信頼に値しないと考察している.
HFS手術中のLSR,いわゆる異常顔面筋電図(abnormal muscle response:AMR)と術後の予後との関係についての論文はこれまで多数報告されているが,この論文を含めて,術中のAMR所見で術後の予後を予測するのは元々意味のないことだと思われる.そもそもAMRとHFSの病態や発生機序は異なるものであり,術中にAMRが残存したか,消失したかの判断で,術後のHFSが消失するかどうかを論じることに甚だ疑問を感じている.HFSに対する血管減圧術後の予後を左右する最大の要因は,当然のことながら,責任血管を確認することと,その責任血管を確実に顔面神経の圧迫部位から離す手術手技そのものである.またHFSの再発は,外した血管が再圧迫することが主要な原因であり,術中のAMR所見を含めて,その他の臨床的因子が関与することはほとんどない.
一方,極く最近我々が報告しているように,AMRは術中に責任血管を確認すること,減圧完了を確認することにおいては有用なモニタリングである.減圧後のAMRの残存/消失を問題にするのではなく,特に術中のAMRの変化をしっかり捉えることで,神経減圧術時の有用なモニタリングとなり得る(文献10).
本稿の考察の中で,著者らはLSRモニタリングをやめるつもりはないが,モニタリングとして信用はしないと述べているが,これがもっとも悪い術中モニタリングのあり方である.モニタリングするのであれば,それを信頼して手術すべきであり,そうでなければするべきではない.
AMRモニタリングは,術後の予後を予測するためではなく,術中の術者の判断の助けになるもので,特に複数血管の圧迫や遠位部での圧迫など,AMRモニタリングがなければ,確実な減圧ができなかった症例が存在することは忘れるべきではない.(国立病院機構西新潟中央病院脳神経外科 福多真史)

執筆者: 

有田和徳

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