急性期に症状増悪を示すアテローム血栓性脳梗塞に対するアルガトロバンの効果:中国におけるRCT

公開日:

2024年3月11日  

Argatroban in Patients With Acute Ischemic Stroke With Early Neurological Deterioration: A Randomized Clinical Trial

Author:

Zhang X  et al.

Affiliation:

Department of Neurology, the Second Affiliated Hospital, Zhejiang University Schoolof Medicine, Hangzhou, China

⇒ PubMedで読む[PMID:38190136]

ジャーナル名:JAMA Neurol.
発行年月:2024 Feb
巻数:81(2)
開始ページ:118

【背景】

アルガトロバンは,直接トロンビン阻害薬に属する抗凝固薬で,発症後48時間以内のアテローム血栓性脳梗塞に対する適応で日本や韓国などで使用されているが,国際的なエビデンスは乏しい.本稿は中国28施設で実施されたオープンラベル・エンドポイント盲検化RCTである.対象は発症後48時間以内にNIHSSで2点以上の増悪を示した急性期梗塞患者601例(最大解析対象集団)(治験薬群298例,標準治療群303例)である.全例で抗血小板薬1剤あるいは 2剤投与による標準治療が行われていた.治験薬群では標準治療に加えて,アルガトロバン60 mg/日×2日間持続注入,続いて20 mg/日×5日間の静脈内投与が行われた.

【結論】

ランダム化段階でのNIHSSは両群とも中央値8であった.
主要評価項目のランダム化後90日目の転帰良好(mRS:0-3)の頻度は,アルガトロバン群で80.5%,標準治療群で73.3%で,標準差7.2%(95% CI,0.6-14.0%),リスク比1.10(95% CI,1.01-1.20;p =.04)とアルガトロバン群で有意に高かった.
ランダム化後90日目のmRSは,標準治療群に比較してアルガトロバン群で良好な方向への有意のシフトが認められた(調整後OR 0.71,p =.02).
症候性頭蓋内出血の頻度はアルガトロバン群0.9%,標準治療群0.7%で差はなかった(p =.78).

【評価】

アテローム血栓性脳梗塞の急性期では抗血小板薬投与下でも,動脈内血栓の進行によって神経症状の悪化が起こることは稀ではない(文献1).このようなケースに対する抗凝固薬の投与は動脈内血栓の進行を抑制することによって脳梗塞サイズ増大を抑制し,結果として,神経機能の予後を改善することが期待される.しかし,急性期の脳梗塞に対する抗凝固剤の投与は,頭蓋内出血を招き,その効果を相殺する可能性が危惧される(文献2,3).小分子の直接トロンビン阻害薬に属する抗凝固薬であるアルガトロバンは即効性が高く,作用持続時間が短く,出血性合併症率が低い事が知られている(文献4).このため,動物実験では脳虚血による脳障害を低減する効果が報告されている(文献5,6).アルガトロバンは日本で開発された抗凝固薬で,現在ノバスタン(田辺三菱製薬),スロンノン(第一三共),アルガトロバン(沢井製薬)の名称で使用されている.日本ではアテローム血栓性脳梗塞,慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症,Buerger病)などが保険適応となっている.
本邦での脳梗塞に対するアルガトロバンの臨床開発試験は発症5日以内のラクナ梗塞を除く脳血栓症(アテローム血栓性脳梗塞)患者を対象として行われ,プラセボに比しての運動麻痺や日常生活動作の改善効果が確認されている(文献7,8).一方,心原性脳塞栓に対しては,出血性梗塞のリスクを上昇させる可能性から禁忌となっている(文献8).
従来アルガトロバンの国際的なエビデンス構築,特に入院後に神経症状の悪化を示す症例に対する効果と安全性の検証は遅れていた.本研究は発症後48時間以内に神経症状の悪化(early neurological deterioration:END)を示す急性期脳梗塞患者において,抗血小板薬1剤あるいは2剤による標準治療と比較して,アルガトロバン1週間投与の上乗せが,90日目の機能予後(mRS)を有意に改善し,危惧された頭蓋内出血の頻度を増加しないことを明らかにした.本治験におけるアルガトロバンの使用量と投与方法は日本における標準的使用法と同一である.
本研究には,エンドポイント盲検化と謂えどもオープンラベルであったこと,標準治療群からアルガトロバンへのクロスオーバー症例が多かったこと(標準治療割り当て症例の約1割がアルガトロバン治療を受けた),対象がアジア人に限定されていたことなどの限界がある.今後の世界的な多施設・二重盲検試験が望まれる.

<コメント>
アルガトロバンは,エダラボン,オザグレルと並んでエビデンスが少ないAcute Ischemic Strokeに対する薬剤である.2022年に発表されたRCT4件のメタ解析でも,プラセボ群と比較しての神経学的予後に対する有効性は証明されていない(文献9).実臨床では,アテローム血管性脳梗塞やSmall Vessel Diseaseでも症状が進行しやすいBADタイプや,治療開始後も症状が増悪するラクナ梗塞に対して,抗血小板薬に追加して使用している例がほとんどである.抗血小板薬と併用することで神経学的予後が非併用群より勝るのか,そして安全に使用できるのか疑問を抱えたままアルガトロバンを使用してきた.今回の論文は中国からのもので,症状悪化(END)を示す脳梗塞に対するアルガトロバンの有効性を示すデータであり,同じく東アジア人である日本人の臨床に与える意義は大きいと考える.また頭蓋内出血合併症がアルガトロバン群でも増えなかったことも,安全性の点で実臨床においてアルガトロバンを使用する事に対する不安が軽減された.なおアルガトロバンの使用法については,当施設や鹿児島脳卒中内科医グループでは添付文書通りの使用ではなく,計22Aを2.5 mg/hで持続静注射しているが,この場合APTTを使用開始翌日に必ず測定し過延長していないことを確認している.この使用法では,今までのところ出血性合併症は経験がないため安全な使用と考えている.
(今村総合病院 脳神経内科 有水琢朗)

執筆者: 

有田和徳