外傷性脊髄損傷(TSCI)と外傷性脳損傷(TBI)が同時に発生したらTSCIの手術開始が遅延する

公開日:

2024年3月12日  

Concomitant Traumatic Brain Injury Delays Surgery in Patients With Traumatic Spinal Cord Injury

Author:

Azad TD  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Johns Hopkins Hospital, Baltimore, Maryland, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:38197654]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2024 Jan
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

外傷性脊髄損傷(TSCI)に対する減圧などの手術は緊急性を要することは言うまでもないが(文献1,2),実際の救急現場では合併した外傷性脳損傷(TBI)の為にTSCIに対する手術が遅れている可能性がある(文献3).ジョンズ・ホプキンズ大学脳外科のAzad TDらは,米国外傷データバンクに登録されたTSCIの症例を対象にこの問題を検討した.
米国の377ヵ所の外傷センターで,2007年からの10年間に14,964例のTSCI患者が手術を受けた.このうち2,444例(16.3%)がTBIを合併していた.4,610例(30.8%)が,非骨傷性の中心性脊髄症候群(CCS)を呈していた.

【結論】

患者搬入からTSCIに対する手術開始までの時間中央値は,TBIがない症例で20.0時間,TBI合併例で24.8時間であった(p <.0001).多変量階層的回帰モデルによる解析では,TBIの合併はTSCIに対する手術開始の遅延(搬入後24時間以降)と独立相関した(OR,1.3;95% CI,1.1-1.6).CCSはTSCIに対する手術開始の遅延と相関したが(OR,1.5;1.4-1.7),TBIの合併とCCSの存在に相関はなかった.
TBI合併症例の中では,軽症TBI症例と比較して重症TBI症例では,TSCIに対する手術がより遅延していた(OR,1.4;1.0-1.9).

【評価】

本研究では15,000例という膨大なTSCI手術症例を対象に,多岐にわたる交絡因子を調整するために多変量階層的回帰モデルを用いて解析し,TSCIに合併したTBIの存在はTSCIに対する手術開始を遅らせる要因であることを明らかにした.また,TBIが重症であるほど手術開始までの遅れが大きくなること,さらにCCSもTSCI手術遅延と相関することを示した.
TBIの併存のためにTSCIの手術が遅れる原因としては,第一に脊髄損傷を示唆する神経学的な所見の獲得が困難なことが挙げられる(文献4,5).これに加えて,TBIの併存による意識障害のために,TSCIのためのMRI検査やTSCIの手術に対する説明・同意取得(IC)が困難なことも挙げられる.同様にMRI前の体内金属遺残の有無やTSCI術前の必須情報である抗血栓剤服用の情報獲得も著しく困難である.
著者らは,本研究の結果を受けて,TBIにTSCIが合併している可能性について今後より注意をはらうべきであるとまとめている.明快な注意喚起であるが,その事を可能にするのは,やはり大型外傷センターへの人材・機能と患者の集中であろう.それが直ちには困難であったとしても,重症TBI患者における全身CTスキャンは必須の第一歩ではある.非骨傷性の中心性脊髄症候群(CCS)の発生の可能性を考慮すれば,高エネルギー外傷によるTBI患者では,必要最小限のシーケンスによる脊髄を含む胸腹部MRIスクリーニングもルーチン・プロトコルに含めることが必要なのかも知れない.

<コメント1>
本論文は,手術治療を要した脊髄損傷例で,脳損傷を合併した場合,手術治療開始が遅れるという主旨の大規模施設群における後方視的studyである.
2012年カナダトロント大学のFehlingsらがSTASCIS試験の結果を報告した(文献2).これは非ランダム化前向き研究であり,受傷後24時間以内の頸髄損傷に対する早期手術群が24時間以降の後期手術群に比べ,受傷後6ヵ月後の時点でAmerican Spinal Association Impairment Scale(AIS)が2段階以上改善する割合が有意に高かったと報告した.以降本論文中の引用論文(文献1,7,8)のように脊髄損傷受傷後24時間以内の早期手術を推奨する論文が相次いだ背景がある.よって本論文では,脊髄手術開始に要する平均時間がnon TBI群20時間,TBI群24.8時間の差違を強調したいのであろう.
ただ本論文では,受傷後24時間で2群を分けているのではなく,手術開始時間が搬入後(つまり受傷後何時間かは不明)24時間以内か否かで2群を分けているところにも注目してもらいたい.2群間の治療成績が詳細に記載されていないことと,脊髄損傷の程度がAmerican Spinal Association Impairment Scale(AIS)ではなく,Abbreviated Injury Scales(AIS)で記載されており,AIS Spine(median, IQR)が4.00(3.00-4.00)と主に不全脊髄損傷であること,Central cord syndrome(CCS)が30%程度両群に含まれていることにも注意を払うべきである.CCSと本邦の非骨傷性頸髄損傷は混同されやすいが,CCSは脊髄の中心部が損傷されるので,下肢に比べ上肢に麻痺が強いという症候名である.一方,本邦でいうところの非骨傷性頸髄損傷は,背景として高齢者で変性に伴う脊柱管狭窄やOPLLがすでに存在し,軽微な外傷でAIS C,D程度の運動麻痺を呈する疾患名である.よって骨傷のある中心性脊髄損傷もあれば,横断性脊髄損傷を呈する非骨傷性頸髄損傷も存在する.CCSと非骨傷性脊髄損傷はoverlapすることも多いが,一般的に術式も北米と本邦では異なる.北米では主に後方除圧(椎弓切除)+後方固定術が多く行われ,日本では不安定性を有していない症例には後方除圧(椎弓形成術)が基本的に施行されている.海外でいうところのCCSと本邦での非骨傷性脊髄損傷は違うということを読者は念頭に置いて読むべきであろう.本論文に限っては,2群間での脊髄損傷対象疾患に差はなかったという程度に理解しておけばいいと思われる.
本論文のような大規模studyでは,個々の症例の詳細が見えず細かい解析が困難となることがその欠点といえる.脳の腫脹の時期やMRI撮像への様々な問題等,その理由は多々存在するが,本論文ではTBIを合併したSCI群では,non-TBI群に比べ,手術開始時期が少し遅れる可能性があるという理解でいいと思われる.
非骨傷性頸髄損傷AIS Cに限定し,搬送後24時間以内の早期手術の有用性を報告した本邦における多施設ランダム化比較試験であるOptimal treatment for Spinal Cord Injury associated with cervical canal Stenosis(OSCIS試験)の結果が2021年に報告された(文献6).是非とも一読をお勧めする.(ツカザキ病院 脳神経外科 下川宣幸)

<コメント2>
脳損傷(TBI)を合併した脊髄損傷(TSCI)の外傷患者では,TBI合併のない患者と比べて脊髄損傷に対する手術開始までの時間に遅延が生じている,というnational data baseに基づいた大規模retrospective studyである.タイトルを読むと直感的に,「意識障害のために脊髄損傷の発見,診断が遅れて手術のタイミングを逃しやすいのだな」という解釈をする向きもあるかもしれない.しかし,アメリカの大学病院クラスのLevel I trauma centerではこのシナリオはあまり現実的ではないだろう.TBIの診断を受けるほど,つまりCTまたはMRIで何らかの脳損傷を認めたほどの頭部外傷患者では少なくとも頚椎外傷の有無は必ずスクリーニングされるため,骨折,脱臼レベルの脊椎外傷を,単に「神経所見が取れなかった」という理由で見逃すことは稀で,それくらいにプロトコールは確立されている.「神経所見に基づいて必要な画像検査をオーダーする」という神経に関わる臨床医としての大原則には何ら異論はないが,現実的には神経診察の確認,所見の有無にかかわらずtrauma center,あるいはその前のprimary emergent medical serviceの段階ですでにスクリーニングの頭部,脊椎,体幹のCTが実施されているのが現実である.近年の日本でも状況としては似たようなものではないだろうか.Discussionでも触れられているように,脊椎手術までの時間が遅延する理由は多忙なERのMRIが空くまでの待ち時間,家族が見つからず手術同意取得が遅延する(社会的背景が複雑,数百キロ,ときには千キロ以上離れて他の家族が暮らしている,など),といった非医学的理由や,このスタディでは勘案されていない頭部脊椎以外の重症多発外傷に伴う全身状態不良のために脊椎手術へのクリアランス(手術許可)が救急患者を統括するTrauma teamから出ない,といった様々な非医学的,医学的理由が遅延の理由だと思われる.実際,TBI群とnon TBI群で脊椎手術までに要した平均時間はそれぞれ約25時間と20時間と約5時間の差であり,十数時間,数日レベルといった差ではない.実感的には脊髄損傷の診断が遅れたというよりは,TBIがあるために上記諸々の問題をクリアするのに要した5時間と考える方が個人的には納得でき,Discussionのニュアンスもそのように受け取った.
また,このスタディは手術適応のあった脊髄損傷のみを抜粋しており,手術の要否を問わない脊髄損傷全般を対象としていないため,「外傷性脳損傷があると脊髄損傷の診断,治療が遅れる」という解釈にはならないことにも留意すべきである.さらに,もともと超緊急での手術適応とは一般的には考えられていない骨傷のない中心性脊髄損傷(論文ではcentral cord syndrome:CCS)や完全脊髄損傷が検討症例に含まれていることにも注意が必要である.より緊急性の高い,つまり脊髄機能回復がより期待できる不完全脊髄損傷に対する脊椎手術の手術遅延が臨床的な問題だと考えるのならば,CCSや完全脊髄損傷を除外して解析したほうが,より臨床的意義の高い情報を提供できそうである.
私の本論文に対する見解を2点に要約すると,1)「頭部外傷から意識障害が回復したら手足の動きが悪く,そこで脊髄損傷に気付いて脊椎手術が遅れました」的なストーリーを表したスタディではない,2)しかし,頭部外傷が具体的にどのように脊椎手術の遅延に関与したかは,与えられたデータからは結論づけることはできない,ということになる.もともと,national data baseに由来する研究はICD10などのcodingで機械的に分類して得られたbig dataを解析している.このため,個々の症例の詳細には触れることができず,良くも悪くも統計処理に基づいた客観的数字である.それが故に,私たち読み手は仮説に対する結果をそのままを受け取る(TBIがある人はTBIがない人と比べて手術が必要なSCI症例の手術開始に遅延が生じる)に留め,それ以上の意味づけを追求することが難しいのではないだろうか.(University of Iowa 脳神経外科 山口智)

執筆者: 

有田和徳