もやもや病の血行再建手術中の麻酔は吸入麻酔が良い:熊本大学

公開日:

2024年3月12日  

最終更新日:

2024年4月9日

Inhalational Anesthesia Reduced Transient Neurological Events After Revascularization Surgery for Moyamoya Disease

Author:

Kaku Y  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Kumamoto University Hospital, Kumamoto, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:38108408]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2023 Dec
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

血行再建手術は症候性もやもや病に対する有効な治療法である.しかし,血行再建術後に一過性の神経症状(TNEs)が起こることがある(文献1,2).その原因としては過灌流(文献3),虚血(文献4),けいれん(文献5)などが推測されている.
麻酔薬の関与については諸説があり,見解の一致を見ない(文献6,7,8).熊本大学脳外科などのチームはこの点を明らかにするために,血行再建術中の麻酔法に関する後方視研究を行った.対象は2013年以降にもやもや病に対する直接+間接の血行再建術が行われた63例82側.39側では吸入麻酔薬による麻酔(IA)が行われ,43側では静脈麻酔(TIVA)が行われた.

【結論】

術後過灌流や脳梗塞の頻度は2群間で差はなかった.ただし,TNEsの頻度はIA群ではTIVA群に比較して有意に低かった(13 vs 37%,p =.02).多変量回帰解析では,TIVAはTNEsと有意に相関した(OR:3.91;95% CI,1.24-12.35;p =.02).手術後のMRI(FLAIR)における大脳皮質高信号ベルト(CHB)サイン・スコア(0-4の5ポイントで4が最高)は,IA群は中央値2(IQR:1-3)で,TIVA群の4(3-4)より有意に低かった(p <.001).またCHBサイン・スコアは,術後TNEs群では非TNEs群に比較して有意に高かった(p <.001).

【評価】

本研究は,単一施設において,もやもや病に対する血行再建手術が行われた63例82側を対象に術中麻酔の種類が術後一過性の神経症状(TNEs)の発現に与える影響を検討したものである.対象のすべてに直接血行再建(STA-MCA吻合術)と間接血行再建(encephalomyo-synangiosis, encephalo-duro-myo-synangiosisあるいはencephalo-duroarterio-synangiosis)が行われた.麻酔法は担当の脳外科医と麻酔科医が各種条件を考慮しながら相談して決定されたとのことである.この結果,血行再建手術中の吸入麻酔群では,全静脈麻酔群と比較して術後TNEsの発生頻度は少なく,逆に全静脈麻酔はTNEsの発生と相関することが明らかになった.
一方,もやもや病に対する血行再建術後のCHBサインは,FLAIR法MRIで認められる再建側の大脳皮質のベルト状の高信号で(文献1),局所の脳血液量の増加を反映しており,血管性浮腫そして一過性の神経症状悪化の原因になっていると考えられている(文献9).本研究ではこのCHBサインの有無と程度をCHBサイン・スコア(0-4)として全例で評価した.その結果,吸入麻酔群ではCHBサイン・スコアが全静脈麻酔群に比較して有意に低いことが明らかになった.
麻酔薬そのものがTNEsの発生に及ぼす影響に関しては,吸入麻酔薬であるデスフルレンの使用がTNEsのリスク減少と相関し(OR,0.08;p <.01),逆にプロポフォールを用いた全静脈麻酔はTNEsのリスク増加と相関した(OR,4.03;p <.01)とのことである.
本研究の結果を基に著者らは,もやもや病に対する血行再建手術中の麻酔として , 吸入麻酔が再評価されるべきであると結論している.
著者らが述べている通り,本研究にはいくつかのlimitationがある.最大のものは,麻酔法の選択であり,担当の脳外科医と麻酔科医との相談で決定されたとのことであるが,何らかの選択バイアスが生じた可能性は否定出来ない.その他,吸入麻酔薬群でも導入に際して用いられていたプロポフォールが研究結果に影響を及ぼした可能性がある,など幾つかが挙げられている.今後,これらの因子を考慮に入れた前向きの研究,できればRCTで本研究の結果が検証されることを望みたい.

<著者コメント>
もやもや病の血行再建術後,過灌流症候群や脳梗塞とは別に,脱力やしびれ,失語など一過性の神経症状(TNEs)が高頻度に出現する.一般にTNEsに対しては過灌流症候群に準じた術後管理が行われていると推測する.TNEsは血行再建術後3-5日目に症状を発現することが多く,様々な対策を講じても完全に回避することは難しい.TNEsは,術前の疾患重症度とは無関係に発現することから,我々はTNEsの発現は血行再建術の術中に規定されるとの仮説に至った.本研究では,TNEsの発現に対しての麻酔薬の影響に着目した.もやもや病の血行再建術において,吸入麻酔は盗血現象を生じる可能性があるとされており,プロポフォールが登場して以降は,静脈麻酔が多くの施設で第一選択になっているようである.しかし,麻酔薬や麻酔方法も進歩しており,現在の吸入麻酔薬は,以前に使用されていた吸入麻酔ほど盗血現象を生じない.特に,吸入麻酔薬のデスフルランはTNEsの発現を抑制する可能性がある.術中の麻酔薬の違いが術数日後の神経症状の発現に影響するのかどうか意見は分かれている.また,TNEs発現の詳細なメカニズムは不明で,さらなる検証が必要ではあるが,麻酔薬の違いが,術後の “神経症状の発現のスイッチ” のオンオフに関与しているかもしれない.本研究がもやもや病の周術期管理向上の一助となれば幸いである.(熊本大学脳神経外科 賀耒泰之)

執筆者: 

有田和徳

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