脊髄前方の硬膜解離の病態:疾患概念の分化から統合へ

公開日:

2024年4月1日  

最終更新日:

2024年4月2日

Spinal Anterior Dural Dissection: Moving From Differential to Unifying Diagnosis

Author:

Knafo S  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Bicêtre Hospital, AP-HP, Le Kremlin-Bicêtre, France

⇒ PubMedで読む[PMID:38358283]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2024 
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

脊髄前面硬膜の解離(SADD:spinal anterior dural dissection)は多様な病態を呈し,そのために病態や症状に応じた種々の疾患名が冠せられている.
フランス・ビセートル病院脳外科などのチームはSADDに伴う上腕筋萎縮症の自験例を報告し,同じ原因で生じる他の病態との関連を検討した.
上腕筋萎縮の症例は7例(全員男性,平均年齢40歳)で,全例で緩徐進行性の上肢の左右非対称の近位側筋(三頭筋や二頭筋が主体)の萎縮と筋力低下を示した.神経筋電図検査上は全例でC5,C6レベルの純粋運動性ニューロパチーであった.

【結論】

MRIでは,多椎体-全椎体長の硬膜間への髄液貯留,頚髄運動根の牽引の所見が認められた.4例で実施したダイナミックCTミエログラフィーでは,全例で硬膜欠損が証明された.手術で硬膜欠損の修復を行った3例ではいずれも硬膜間への髄液貯留が消失して,頚髄神経根の牽引が改善した.
文献レビューでは,本シリーズ以外に18例の上腕筋萎縮を示すSADDが報告されていた(文献1,2,3,4).このうち4例は特発性低髄液圧症候群を呈し,その他の4例は脳表ヘモジデローシスを伴っていた.
これらの事実は,SADDが上腕筋萎縮症,低髄液圧症候群,脳表ヘモジデローシスを包含する単一の疾患である事を示している.

【評価】

脊髄硬膜の疾患(spinal duropathy)についてはいくつかの分類が提案されている.Klekampは解剖学的に,硬膜憩室(内外2層の硬膜欠損),硬膜解離(硬膜内層の欠損),硬膜拡張(内外2層の硬膜の拡張)の3種類に分類している(文献5).また,Naborsは脊髄のう胞の局在と脊髄神経根との関係に基づいて,タイプ1:神経根を含まない硬膜外のう胞,タイプ2:神経根を含む硬膜外のう胞,タイプ3:硬膜内のう胞に分けている(文献6).臨床症候との関係では,起立性頭痛などの特発性低髄液圧症候群を呈するものは脊髄硬膜外のたて長髄液貯留(spinal longitudinal extradural CSF collection),緩徐進行性の失調や難聴などを呈しMRIで脳表ヘモジデローシスを呈するものは腹側たて長液貯留(ventral longitudinal intraspinal fluid collection),上腕筋萎縮症を呈するものは前方硬膜のう胞(anterior dural cyst)や腹側硬膜外液貯留(ventral epidural fluid collection)の名称で報告されている.
本稿は,脊髄前面硬膜解離(SADD:spinal anterior dural dissection)を伴う上腕筋萎縮症の7例と過去に報告された18例を解析した結果,SADDが上腕筋萎縮症(BA),特発性低髄液圧症候群(ISIH),脳表ヘモジデローシス(SS)を示す可能性がある単一の疾患単位(entity)であることを示している.低髄液圧性頭痛と脳表ヘモジデローシスを合併した症例の報告も(文献7),単一疾患単位説を支持する根拠となり得るという.また,本稿ではMRIやダイナミックCTミエログラフィーを用いて,SADDによって上腕筋萎縮症が発生するメカニズムも明らかにしている.また,これらの画像所見によって筋萎縮性側索硬化症(ALS)や平山病との鑑別が容易になるという.
SADDが上腕筋萎縮症を呈したり,低髄液圧症候群を呈することはなんとなく理解できるが,SADDによる脳表ヘモジデローシスはどうして起こるのか.Yoshiiらによれば,SADDでは,髄液が脊髄前面の2層の硬膜内(inter-layer space)に流出すると,その部分に元々存在している静脈叢が拡張し,この拡張した静脈からの繰り返しの出血が,硬膜欠損部を通して髄液スペースに流入すると想定されている(文献8).
なお,SADDは特発性低髄液圧症候群の原因の一つではあるが,低髄液圧症候群の原因には,そのほか脊髄神経根鞘における髄液-静脈瘻,外側向きの髄膜憩室の破裂などが知られており(文献9,10),MRIやCTミエログラフィーを駆使して,その原因をつきとめる必要性がある.

<コメント1>
本稿は,硬膜が2層に解離し,内層のみの欠損により内層と外層の間に髄液が溜まるという仮説を示し,脊髄前面硬膜解離(SADD)という診断名を提唱している.私見では,硬膜解離によって広範囲に硬膜内髄液貯留が起こる仮説は理解しがたい.硬膜は硬くほとんど伸展しないからである.硬膜解離によって硬膜内静脈叢からの慢性出血がヘモジデローシスを起こす仮説も理解しがたい.通常手術で硬膜自体から静脈出血が持続することは経験がないからである.本コメントの筆者である高井は硬膜解離ではなく,硬膜裂傷すなわち全層欠損を報告している.硬膜外静脈叢からの微小出血がヘモジデローシスを引き起こす可能性がある.硬膜外層のように見えたものは,硬膜外髄液貯留による反応性被膜だと思われる(文献11,12).(東京都立神経病院 脳神経外科 高井敬介)

<コメント2>
筆者らのグループは,何らかの原因で脊髄前面・腹側の硬膜嚢に形成された髄液貯留(fluid collection, cyst)が関連している疾患として,上腕筋萎縮症(BA:brachial amyotrophy),特発性低髄液圧症候群(SIH:spontaneous intracranial hypotension),脳表ヘモジデローシス(SS:superficial siderosis)を挙げ,同一の病態により発生したものであり,統一した病名すなわち脊髄前面硬膜解離(SADD:spinal anterior dural dissection)と呼ぶことを提唱している.筆者らの7例のケースシリーズは,感覚障害を伴わない上肢近位筋の萎縮があり,1例のみ低髄圧症状があったが,その他の症例はSIHやSSの所見を伴わないもので,主に平山病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)との鑑別が問題となる純粋なBAの症例であった.この報告だけを読むと,SIHやSSとの関連が理解しづらい内容であるが,引用されている過去の報告(文献1,2)では,上腕筋萎縮のみを呈するものではなく,脳表のヘモジデリン沈着も伴っている例もあり,共通する画像所見をもって統一病名とする主張は一理あると考える.しかしながら,髄液貯留のもととなる硬膜欠損の発生原因が不明,髄液貯留が上腕筋萎縮症を起こす機序が不明,ブラッドパッチを治療の一つに含めて良いのか,診断にCTミエログラフィーが役に立つのか(我々の経験したSS症例2例では,いずれもMRI CISS画像で認めた硬膜欠損はCTでは不明であった)など解明すべき点は多々あり,今後の更なる検討が望まれる.(鹿児島大学 脳神経外科 山畑仁志)

執筆者: 

有田和徳

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