DOAC服用中の患者に脳梗塞が発生したら,そのDOACは変更すべきか:台湾医療保険データベースに基づく1,979例の検討

公開日:

2024年6月10日  

最終更新日:

2024年6月11日

Changing or Retaining Direct Oral Anticoagulant After Ischemic Stroke Despite Direct Oral Anticoagulant Treatment

Author:

Lin SY  et al.

Affiliation:

School of Pharmacy, National Taiwan University, Taipei, Taiwan

⇒ PubMedで読む[PMID:38293918]

ジャーナル名:J Am Heart Assoc.
発行年月:2024 Feb
巻数:13(3)
開始ページ:e032454

【背景】

DOAC服用中の患者に脳梗塞が発生したら,そのDOACは変更すべきだろうか? これは,脳卒中の臨床現場で日常的に遭遇する問題である.国立台湾大学薬学部などのチームは台湾健康保険研究データベースを基に,心房細動に対するDOAC服用中の患者のうち,2013年からの7年間に虚血性脳卒中を発症した2,853例を抽出して,DOACの変更がその後のイベント発生に及ぼす影響を検討した.1,979例は虚血性脳卒中発生後もDOACの投与が継続された.このうち609例ではDOACの種類が変更されており,1,370例では変更されていなかった.
二群間の背景因子の差を調整するため,傾向スコアによるIPTW解析を行った.

【結論】

追跡期間中央値はDOAC変更群,非変更群ともほぼ1.1年であった.主要アウトカムの虚血性脳卒中か一過性脳虚血発作の発生は,DOAC変更群60例,非変更群131例であった.IPTW解析ではその頻度は,変更群で7.20/100人・年,非変更群で6.56/100人・年であり,差はなかった(HR 1.07[95% CI,0.87–1.30]).
有意には至らなかったが,頭蓋内出血の発生は,IPTW解析ではDOAC変更群で多かった(0.75 vs 0.53/100人・年;HR 1.49[95% CI,0.78–2.83]).
全身的な血栓・塞栓症,重大な出血,死亡の発生頻度は2群間で差はなかった.

【評価】

非弁膜症性慢性心房細動の患者では,脳塞栓などの塞栓性合併症を防ぐためにDOACを服用していることが多いが,DOAC服用中に虚血性脳卒中(脳梗塞)が発生した場合,そのDOACは変更すべきなのだろうか? 本稿は台湾の健康保険研究データベースを基にした研究である.2,853例が対象となったが,これらの患者に実際に処方されていたDOACはリバロキサバン44.4%,ダビガトラン33.2%,アピキサバン12.2%,エドキサバン10.1%であった.この2,853例中,脳梗塞後にもDOACが継続されたのは1,979例(69.4%)であった.この1,979例中,DOACの種類が変更された609例(30.8%),変更されなかった1,370例(69.2%)を比較したのが,本研究である.
主要アウトカム(虚血性脳卒中か一過性脳虚血発作)の発生,全身的な血栓・塞栓症,重大な出血,死亡の発生は2群間で差はなかったというのが,主な結果である.しかし,頭蓋内出血の頻度はDOAC変更群で多い可能性が拭いきれなかった(IPTW解析でHR 1.49[95% CI,0.78–2.83]).
著者らはこの結果をもとに,DOACの変更は虚血性脳卒中や一過性脳虚血発作のリスクを減少しないと結論している.一方,DOACの変更による頭蓋内出血のリスク増加については,将来の研究で慎重に検証されるべきであると述べている.
ワルファリンを含む抗凝固剤投与中の患者に脳梗塞が発生した後,その抗凝固剤の変更がもたらす効果に関しては,ヨーロッパや米国の研究では否定的であった(文献1,2).かたや,ヨーロッパと米国の患者を対象としたPolymerisらの研究ではワルファリンをDOACに変更した患者群では脳梗塞再発リスクが減少したが,DOACを他のDOACに変更した群ではその効果は認められなかった(文献3).
一方,DOACのみを服用していた患者に関しては,香港からの報告によれば,他のDOACへの変更やワルファリンへの変更は脳梗塞再発リスクを高めている(文献4).台湾からの別の報告では,他のDOACへの変更は脳梗塞再発リスクを下げなかったが,ワルファリンへの変更は脳梗塞再発リスクを上昇させた(文献5).
従来の報告と本稿の結果をみるとDOAC服用中の患者が脳梗塞を発症した場合には,一義的にDOACの変更を考えるよりは,用量を含めた適正なDOAC使用や,その他の併発疾患(高血圧,糖尿病,高脂血症)のコントロールを優先させた方が良いのかも知れない.併用薬剤によるDOAC血中濃度低下の可能性も考慮すべきかも知れない(文献4,6).もちろん,適応のある患者では慢性心房細動に対するカテーテルアブレーションも急ぐべきであろう.

<コメント>
台湾の医療保険請求に基づく研究用データベースは,悉皆性が高く,様々な医学研究に活用されている(文献7).しかし,レセプトデータを用いた研究には,臨床データが取得できないという欠点がある.本研究では,脳卒中の重症度を推し量るために,入院中の診療行為(気道吸引,菌感受性検査,集中治療室滞在,経鼻胃管挿管,高浸透圧利尿薬,尿路カテーテル,一般病棟滞在)から算出した脳卒中重症度スケールを活用している(文献7,8).
2012年から2020年までのデータが使用されていることから,変更前のDOACはダビガトランとリバロキサバンの2剤で約8割を占め,主にこれら2剤からの変更が行われている.この点は,昨今の日本でのDOAC処方の概況とは異なる点に注意する必要がある.脳梗塞重症例では,より積極的なDOACの切り替えが行われていた点は,実臨床を反映していると言える.
筆者らが引用している類似の研究において,香港のデータベースを利用した研究では,DOACの変更にともない,脳梗塞再発リスクの上昇(OR 1.62,95% CI,1.25–2.11)を認めた(文献4).同じ台湾の医療保険データベース(2002年-2016年)を使用した研究では,脳梗塞の再発および複合イベントに差はみられなかった(文献5).安易なDOACの切り替えは,脳卒中の再発予防に貢献せず,むしろ転帰不良に繋がる可能性がある点は,留意すべきポイントである.
フォローアップ期間中央値が1年とやや短く,DOACの用量については考慮されていない点は本研究の限界であり,将来的な前向き研究や長期的な観察研究の結果が待たれる.(彦根市立病院脳神経外科 宮腰明典)

執筆者: 

有田和徳