脳動脈瘤に対する血管内治療中の破裂の頻度,その対処,結果:関東地方14病院のEVT 3,269例の経験から

公開日:

2024年8月26日  

最終更新日:

2024年8月29日

Safety and Efficacy of Management for Intraprocedural Rupture During Endovascular Treatment for Intracranial Aneurysms

Author:

Hirai S  et al.

Affiliation:

Department of Endovascular Surgery, Tokyo Medical and Dental University, Tokyo, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:39087778]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2024 Aug
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

動脈瘤血管内治療中の破裂は壊滅的な合併症であるが,頻度が少ないため,その適切な対処方法や転帰については明らかになっていない.本研究は東京医科歯科大学病院など関東の14施設で,2013年以降の10年間に実施した脳動脈瘤に対する脳血管内治療3,269例(半数が破裂動脈瘤)の後方視研究である.全症例の2.3%(74例),破裂動脈瘤の3.36%(55/1,636),未破裂動脈瘤の1.16%(15/1,633)で術中破裂が認められた.術中破裂(穿通)の原因はコイルフィリング35.1%,コイルフレーミング31.1%,マイクロカテーテル16.2%,ガイドワイヤー5.4%,造影剤注入8.1%などであった.

【結論】

術中破裂に対する処置としてはヘパリン・リバース67.6%,降圧剤投与56.8%,動脈瘤頚部バルーンの拡張55.4%,髄液ドレナージの開放37.8%,バルーン・ガイディング・カテーテルの拡張4.6%などが行われていた.破裂後3ヵ月目の,死亡13例(17.6%)を含む機能予後不良(mRS ≥4)は38例(51.4%)であった.多変量解析では,出血量の増大は機能予後不良と有意に相関した(OR 6.37,p =.050).術中破裂に対する処置では,降圧剤の使用は術中出血量の増大と関係していた(OR 14.16,p =.004).ヘパリン・リバースは梗塞巣出現と相関した(OR 8.92,p =.014).

【評価】

脳動脈瘤に対する血管内治療中の動脈瘤の破裂は2-6%の頻度で発生し,致死率は60%に達すると報告されている(文献1,2,3).この血管内治療中の動脈瘤破裂に対しては,ヘパリン・リバース,降圧剤投与,バルーンの拡張などの手技が慣習的に用いられているが(文献2,4,5),これらの手技の効果ならびに合併症の頻度や重大さは明らかになっていない.本稿は,関東地方の14病院で脳動脈瘤に対する血管内治療中に,実際に発生した動脈瘤の術中破裂の頻度,それに対する処置,治療3ヵ月後の転帰をつまびらかにしたもので,まさしく臨床現場(real world)の実態を明らかにしたものである.
その結果,血管内治療中の動脈瘤の破裂は,動脈瘤全体の2.3%,破裂動脈瘤の3.36%,未破裂動脈瘤の1.16%に発生した.これらの症例の3ヵ月後の転帰としては,約半数が機能予後不良(mRS ≥4)となっていた.
著者らはこの結果をまとめて,コイル塞栓術中の動脈瘤破裂のタイミングやセッティングは多岐にわたっているので,最も適切な管理方法はケース毎で異なっている.また,ヘパリン・リバースによる止血効果は現段階では不明瞭であり,その実施は虚血性合併症と関連していそうであると述べている.
どんなにプロフェッショナルな血管内治療専門医でも,脳動脈瘤に対する血管内治療の50件に1件の頻度でしか起こらない術中破裂に対して冷静に対処するというのは,かなり困難であろう.また適切な処置の判断も,刻々と変化する状況次第で変更を余儀なくされる筈である.現段階では,発生してからの処置についての前向き試験も出来そうにない.しかしながら,本稿のように,臨床現場の経験を共有していくことが,発生時の冷静な対応につながっていくのかも知れない.

<著者コメント>
脳動脈瘤に対する血管内治療において,術中破裂は稀ではあるが最も恐ろしい合併症の一つである.術中破裂時の対応は,破裂時の状況や術者の考え方に大きく依存する.現場,とくに術者には極度の緊張感が走り,患者にバイタルサインの変動が起こった場合などはさらに状況は切迫する.最優先される事項は物理的な止血であるため,動脈瘤のネックにバルーンが誘導された状況下での破裂であればバルーンのinflationを行い,動脈瘤内にマイクロカテーテルが留置されている状況下であればそのままコイル塞栓を続け,とにかく短時間での止血を目指す.同時に,ヘパリンのリバース,降圧剤の使用は術者が慣習的に行うことである.ただし,この慣習に科学的根拠はなく,破裂時の対応として広く行われている「慣習」である.ヘパリンのリバースは,薬効がでるまでに数分はかかり,短時間で止血ができるような状況下においてどこまで有用であるのか,とくに,出血時は凝固能が亢進するため,それが虚血性合併症を増やし有害な可能性さえあるのではないか,という臨床上の疑問を抱いていた.しかし,術中破裂は緊急かつ医原性合併症の性質をもつ事象であり,ランダム化前向き試験による効果の検証は倫理的に行い難い.そこで,Tokyo Medical and Dental University-NeuroEndovascular Surgery Team(TMDU-NEST,東京医科歯科大学および関連施設における血管内治療の登録研究チーム)の3,269例の大規模な動脈瘤塞栓術のデータベースを元に,術中破裂症例におけるリアルワールドの対応方法をまとめ,その有効性と安全性を検討することとした.
後方視的研究の限界こそあるが,本研究からはこれまでは必須と思われていたヘパリンリバースが,止血効果より虚血性合併症を増やす可能性が高いことが示された.ただし,術中破裂は多様な状況下で発生するので,今回の結果はヘパリンのリバースを否定するものでは決してない.しかし,短時間で止血が可能な症例などにおいては,かえって虚血性合併症を増やし,悪影響を及ぼすようなこともありうる.さらなる検証は必要であるが,術中破裂時の対応として,ヘパリンのリバースを画一的に行うことに警鐘を鳴らし,この重篤な合併症に際し,少しでも患者の救命,後遺症の軽減に役立てれば,本論文の著者として幸いである.(東京医科歯科大学 血管内治療科 平井作京,壽美田一貴)

執筆者: 

有田和徳