IDHワイルドの膠芽腫患者の5年以上の長期生存と関連する因子は何か:パリ・サンタンヌ病院の976例の解析

公開日:

2024年9月26日  

最終更新日:

2024年10月8日

Long-term survivors in 976 supratentorial glioblastoma, IDH-wildtype patients

Author:

Aboubakr O  et al.

Affiliation:

Departments of Neurosurgery and Neuropathology, GHU Paris Psychiatrie et Neurosciences, Sainte-Anne, Paris, France

⇒ PubMedで読む[PMID:39213667]

ジャーナル名:J Neurosurg.
発行年月:2024 Aug
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

従来,膠芽腫患者の5年OSは4-26%と報告されている(文献1-3).しかし過去の報告には,元々生命予後が良好なIDH変異例が含まれており(文献1-5),膠芽腫の現在の定義(WHO 2021)であるIDHワイルドのびまん性神経膠腫とは合致しない(文献6).本研究は,パリ・サンタンヌ病院脳外科で2000年以降の20年間に診断・治療を行ったIDHワイルドの天幕上膠芽腫976例を対象に長期生存と相関する因子を求めたものである.このうちStuppレジメンの初期標準治療が行われたのは498例であった.OS中央値は11.2ヵ月,2年OS到達は17.6%,5年OS到達は2.2%であった.

【結論】

全症例では2年OSかつ5年OSと相関した因子は,初期標準治療の実施とMGMTプロモーターメチル化であった.その他,2年OSあるいは5年OSと相関した因子は,診断時年齢 ≤60,診断時の頭蓋内圧亢進症状,造影部分の皮質への接触,初期画像診断で造影部分が中心線を越えていない,全摘あるいは亜全摘,再発時のセカンドライン治療(追加の摘出術,化学療法,放射線照射)の実施であった.5年OSを超えた21例ではDNAやRNAシーケンシングなどの補足的遺伝子解析が行われ,18例はIDHワイルドの膠芽腫であることが確認され,7例では,FGFR変化,PIK3CA変異,PTPN11変異,PMS2変異のいずれかを示した.

【評価】

本稿は,WHO 2021の定義に従って,2000年以降に診断・治療を行ったIDHワイルドの膠芽腫のみの976例を対象とした単一施設後方視研究である.IDHワイルドはIDH1R132Hをターゲットとした免疫組織科学的な方法で診断した.また,2005年以降に診断された症例のうち498例にStuppレジメンによる標準的補助療法が行われている.この結果,PFS中央値は9.4ヵ月,OS中央値は11.2ヵ月,2年OSは17.6%,5年OSは2.2%であった.
ロジスティック回帰分析では,2年OS到達と独立相関した因子は,初期標準治療(Stuppレジメン)の実施,MGMTプロモーターメチル化,診断時年齢 ≤60,造影部分の皮質への接触,初期画像診断で造影部分が中心線を越えていない,全摘(造影部分の全摘出)あるいは亜全摘(造影部分の摘出率 >90%),再発時のセカンドライン治療(追加の摘出術,化学療法,放射線照射)の実施であった.5年OS到達と独立相関した因子は初期標準治療(Stuppレジメン)の実施,MGMTプロモーターメチル化,診断時の頭痛などの頭蓋内圧亢進症状であった.
従来,4-26%とされている膠芽腫患者の5年OS到達率が本研究では僅か2.2%に過ぎなかったのは,従来の研究対象には,予後良好なIDH変異のグレード4星細胞腫が含まれていたからであろうと著者らは言う.
そうだろうねという結論である.ただ,5年OS到達と診断時の頭蓋内圧亢進症状が相関したのはどういう理由によるのか.著者らは頭痛などの頭蓋内圧亢進症状で診断された患者はより早期に発見され,腫瘍がエロクエント皮質から離れていることが多いので,より根治的な摘出術を受けた可能性があると推測している.一方,5年OS到達者で認められたいくつかの遺伝子異常(FGFR変化,PIK3CA変異,PTPN11変異,PMS2変異)が長期生存と相関する因子であるのか否かは,短期生存患者での遺伝子異常が解析されていないので不明である.FGFR変化が予後良好の因子であるとの報告はこれまでにもあるが(文献7),今後,膠芽腫の様々な遺伝子異常と長期予後との関係については遺伝子パネルを用いた前向き研究で明らかにされなければならない.
少し気になるのは,本研究シリーズにおけるテモゾロミドの投与サイクルである.5年OS到達者でも86%(18/21)は12サイクル以下である.日本では,再発が認められるまでは投与を繰り返しているように見受けられる.1年以上の長期投与は無意味なのか,あるいはフランスにおける医療保険制度上の制約なのであろうか.

<コメント>
膠芽腫の長期生存に関わる因子を調べた論文であり,MGMTのメチル化,放射線化学療法の実施,頭痛での発症(おそらく局所神経症状そのものは軽微で高PSの症例が多いのではないか)が5年生存例となる因子だったという.これらの点は膠芽腫の長期生存に関わる因子を調べた過去の研究と恐らくほとんど同じ結論である.しかし,①IDH変異の有無について厳密に調べている(ただしいわゆる55歳ルール〈55歳以上の膠芽腫でIDH1 R132H変異以外は稀でありシークエンスは不要としたもの〉は適用)②長期生存例については臨床・分子遺伝学的に詳細かつ丁寧に検討している点に本報告の大きな意義がある.
本論文では膠芽腫,IDH野生型の5年生存率は2.2%だった.日本の脳腫瘍全国集計2005-2008(2006年にテモゾロミドが国内で販売)では「膠芽腫」(当時の病理学的診断)の5年生存率は15.5%と大きく乖離がある.病理で「膠芽腫」の診断をされた腫瘍のうちIDH変異は6%程度とされており,予後のマシなIDH変異型グレード4星細胞腫の混在のみではこの生存率の乖離は説明がつかない.医療保険制度の違いによる「治療の濃厚さ」も国ごとで異なるだろうが,そもそも「膠芽腫」の分子遺伝学的特性にも地域間の差異が存在する可能性がある(文献9).
また本報告では,詳細に長期生存膠芽腫IDH野生型例を解析すると,分子遺伝学的にはH3F3AG34R変異のある小児型の高悪性度神経膠腫や上衣腫の例が混在していたことが明らかになっている.日本国内での「長期生存膠芽腫」の遺伝学的背景はどうであるのか,本当にみな膠芽腫,IDH野生型であるのか疑問に思ってもいいのかもしれない.(大阪国際がんセンター[OICI]脳神経外科 有田英之)

執筆者: 

有田和徳

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