脳外科手術後の医原性脳アミロイド血管症の病態:49例の解析

公開日:

2024年11月5日  

Iatrogenic Cerebral Amyloid Angiopathy Post Neurosurgery: Frequency, Clinical Profile, Radiological Features, and Outcome

Author:

Kaushik K  et al.

Affiliation:

Department of Neurology, Leiden University Medical Center, Leiden, the Netherlands

⇒ PubMedで読む[PMID:37035916]

ジャーナル名:Stroke
発行年月:2023 May
巻数:54(5)
開始ページ:1214

【背景】

1970年代から1990年代まで,脳硬膜欠損を補填する目的で使用されていた凍結乾燥ヒト屍体硬膜が,プリオン病であるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)を伝播することが判明し(文献1,2),日本では1997年3月より,その使用が禁止されている.しかしその後,アミロイドβタンパク質(Aβ)も屍体硬膜を通じて個体間を伝播し,医原性脳アミロイドアンギオパチー(iCAA)を惹起する可能性が指摘されている(文献3-6).オランダ・ライデン大学のチームは,自施設のCAA251症例のうち脳外科手術歴がある15例,オランダ内他施設のiCAA3例,iCAAの文献例31例,合計49例を解析し,その病態に迫った.

【結論】

49例全体の平均年齢は43歳(27-84),74%が男性であった.屍体硬膜の使用が明らかなものは43%,他の57%は脳外科手術を受けていたが,屍体硬膜の使用は無かった.脳外科手術からの期間は平均36年で,発症様式は脳葉型脳出血57%,一過性神経症状12%,けいれん8%であった.オランダの18例における脳内出血の再発率は文献の31例より低かった(16/100人・年 vs 77/100人・年).1例は10年間の脳内出血なしの期間があった.MRI上は,屍体硬膜移植部位とCAA関連病変部位に関係はなかった.平均18ヵ月の追跡期間中に20%が一過性の神経症状を,20%が認知機能の低下を新たに示した.

【評価】

近年,1990年代以前の脳外科手術で用いられたヒト屍体硬膜(Lyodura),ヒト屍体硬膜由来の塞栓材料,ヒト屍体由来の成長ホルモンの他,脳外科で用いた手術機械を介してヒトからヒトへのアミロイドβタンパク質(Aβ)の伝搬が起こり,その結果として医原性脳アミロイドアンギオパチー(iatrogenic Cerebral Amyloid Angiopathy,iCAA)が発生する可能性が強く示唆されている(文献3-6).また,脳外科手術そのものが,正常のグリンパティック流を阻害し(文献7,8),結果として脳内のAβの蓄積を進行させる可能性もある.
本研究では,オランダのライデン大学医学部(LUMC)の脳アミロイドアンギオパチー(CAA)データベース251例から,脳外科手術歴がある,すなわちiCAAが強く疑われる15例を抽出し,また他のオランダの施設のiCAA3例,さらに過去のiCAA報告例31例,合計49例を対象にiCAAの臨床像,画像所見を解析したものである.LUMCのデータベースを基にすると,CAA全体に占めるiCAAの頻度は6%であるが,55歳未満の若年CAA患者20例に限れば45%(9/20)と高い.
49例全体では43%が改変ボストン基準でprobable-iCAA,57%がpossible-iCAAに分類された(文献9).Aβの脳への沈着は,アミロイドPETの陽性27%,髄液所見22%,組織像43%で証明した.MRI上の脳葉内マイクロブリーズは97%で認められ,経過観察中に85%で増加した.脳表ヘモジデリン沈着はびまん性が40%,局在性が30%で認められ,経過観察中に55%が進行した.孤発性のCAAと同様に,過半(57%)が脳葉型脳出血で発症し,その他,一過性神経症状12%,けいれん8%,認知機能低下6%が認められた.
これらの結果を受けて著者らは,iCAAは55歳以下の非遺伝性のCAAの患者に多く,臨床像や画像所見は孤発性CAAと変化はなく,脳内出血の再発も多いが,孤発性CAA患者と比較して長い無症状期が認められるとまとめている.
凍結乾燥ヒト屍体硬膜(Lyodura,ドイツのBブラウン社)は,1970年代から1990年代にかけて,硬膜欠損に対する補填材料として,世界中,特に日本で大量に使用された.このLyoduraはプリオンで汚染されており,その結果,Lyodura移植後10年以上を経過した患者にCJDが多数発生したが,その過半が日本人であった(文献2)のは,日本におけるLyodura使用症例数(年間2万例)を反映したものと思われる.このLyoduraはAβにも汚染されており,その結果発生したのが本論文のiCAAである.本研究の結果によって,iCAAの臨床像がある程度明るみになってきたものと思われる.
しかし,Lyoduraによる硬膜補填が行われた患者におけるiCAAや認知症の発生頻度がどれくらいであるのか,また長期予後がどうであるのかは未だ判っていない.それを明らかにするのは1973年から1997年までに約30万例にLyoduraを移植したと推定される日本の脳外科医シニア世代の責任かも知れない.

<コメント>
近年,小児期に屍体硬膜移植や脳神経外科手術を受けた比較的若年の脳アミロイドアンギオパチー(CAA)患者の症例報告が散見される.基礎研究によって,アミロイドベータ(Aβ)への曝露がCAAの発症と関連があることが示唆され,過去の屍体硬膜や手術器具からの感染の可能性が疑われている.医原性CAAと定義される本疾患は比較的新しい概念ではあるが,近年発症者が増加傾向にあるためか,報告例が蓄積し,臨床的特徴が少しずつ明らかになってきている.2022年にはBanejeらによって診断基準が提案されているが(文献5),屍体中枢神経組織(脳,硬膜,下垂体由来ホルモン)の投与を受けた55歳未満の若年発症のCAA例については医原性CAAが強く示唆される.また,本診断基準の特筆すべき点としてアミロイド前駆体タンパク質(APP),プレセニリン-1(PSEN1),およびプレセニリン-2(PSEN2)の遺伝子解析における病原性変異を除外する必要があることが挙げられる.これは孤発性CAAと医原性CAAが異なる機序で発症し,遺伝的素因ではなく感染という外的要因を想定していることに由来する.
我々の報告した症例では,初回脳出血は硬膜移植34年後の40歳で,移植部位側に始まり,以降の経過はT2*像微小出血は4-5年で移植部位周辺から指数関数的に増加し,対側にも出血を生じ重度の後遺症を認めた.医原性CAAは平均年齢が37.7歳であったとする報告もあり,その後出血を繰り返しMiserableな経過となることが多い.以前の報告では医原性CAAは反復する脳出血と共に急速な認知機能低下が主症状となることが示唆されている.本疾患の早期発見のためには急激な認知機能低下をきたす若年者症例には頭部外傷歴や手術歴を確認し,MRI検査では必ずT2*像を撮像し,経過を注意深く観察することが重要であろう.(浅ノ川総合病院脳神経外科 吉識賢志,浅ノ川総合病院脳神経内科 廣瀬源二郎)

執筆者: 

有田和徳