慢性・亜急性硬膜下血腫に対する手術+中硬膜動脈塞栓術は有用か:米国のRCT(EMBOLISE試験)

公開日:

2024年12月14日  

最終更新日:

2024年12月14日

Adjunctive Middle Meningeal Artery Embolization for Subdural Hematoma

Author:

Davies JM  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, University at Buffalo, Buffalo, NY, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:39565988]

ジャーナル名:N Engl J Med.
発行年月:2024 Nov
巻数:391(20)
開始ページ:1890

【背景】

近年,慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術の効果が注目をあびており(文献1-5),米国を中心に,再発時のみならず,初期治療として塞栓術を行うという報告も増えているが,エビデンスは十分ではない.本EMBOLISE試験は,米国39センターで実施されたRCTである.神経症状,運動麻痺,血腫厚 >15 mm,中心線偏位 >5 mmのいずれかを示す亜急性あるいは慢性硬膜下血腫症例400例が対象.203例は手術(バーホールか開頭かは術者の判断で,実際は開頭が約半数)単独治療(対照群),197例は手術+Onyxを用いた塞栓術(治療群)に,ブロック・ランダム法を用いて割り当てられた. 
塞栓術は手術の前後いずれかで,ランダム化後48時間以内に実施した.

【結論】

追加治療が必要となるような血腫の増大や再発の頻度は,対照群:11.3%と比較して治療群:4.1%で有意に低かった(相対リスク0.36,p =.008).
神経機能悪化は対照群:9.8%と治療群:11.9%で有意差はなかった(リスク差2.1%,95%CI:−4.8-8.9).90日目までの死亡率は対照群:3.0%,治療群:5.1%であった(相対リスク1.72,p =.32).
30日目までの塞栓術に伴う重篤な合併症は4例(2%)で生じ,このうち2例は後遺障害を引き起こした.その後180日までに新たなイベントは生じなかった.

【評価】

慢性硬膜下血腫は高齢者に多い疾患であり,今後25年間にその発生頻度は倍加することが予測されている(文献6).慢性硬膜下血腫に対する現段階における治療の第一選択は血腫除去手術であるが,手術後再発率は5-30%と高い(文献7).近年,再発を繰り返す慢性硬膜下血腫に対して,中硬膜動脈塞栓術が導入され(文献2,8),最近では初期治療の一環として血腫除去手術と中硬膜動脈塞栓術を行うケースも増えている(文献1,3,4).
本EMBOLISE試験は,米国39センターで実施された,慢性あるいは亜急性硬膜下血腫に対する手術単独(対照群)と手術+中硬膜動脈塞栓術(治療群)を比較したRCTである.その結果,一次有効性アウトカムとして設定された再手術の必要性は対照群と比較して治療群では有意に低かった(相対リスク0.36).結構大きな差があるように見えるが,対照群でも再手術の必要性は低いので,再手術1件を回避するために必要な治療(手術+中硬膜動脈塞栓術)の件数(NNT)は14であった.二次有効性アウトカムとして設定された90日目の神経症状悪化は対照群9.8%,治療群11.9%で差はなかった.
問題は塞栓術に伴う重篤な合併症で,4例(2%)に認められ,うち2例が後遺症状を残している.ただし,1例は椎骨脳底動脈系の梗塞で,直接の塞栓手技とは関係なく,著者らは,たまたま術中に生じたアテローム血栓性脳梗塞かも知れないと述べている.
著者らはこの結果を受けて,血腫除去の適応がある慢性あるいは亜急性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術+手術は再手術につながる血腫の進行あるいは再発を抑制する効果があるが,安全性については,今後も検討が必要であるとまとめている.
本研究の問題点としては,一次有効性アウトカムの再治療の必要性は各施設の脳外科医の判断に任されていたことで,治療群では「塞栓術までやったのだからもう少し様子を見ようか」というバイアスが再手術の実施を抑制した可能性は否定できない.やはり,血腫の増大率や神経学的評価スケールなどの客観的指標も有効性の評価対象に加えるべきであろう.
本EMBOLISE研究の結果は,今後慢性硬膜下血腫に対する治療として手術+中硬膜動脈塞栓術がスタンダードになるかも知れないという淡い予想にブレーキをかけるものになっているのかも知れない.NEJMは,2024年11月20日に,慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術に関して,本稿のSTEM試験を含む3個のRCT(STEM,EMBOLISE,MAGIC-MT)とレビューを同時に公開している(文献10,11).さらに,米国では現在,2021年に開始されたランダム化比較試験(MEMBRANE,NCT04816591)が,2025年5月終了の予定で進行中である(文献12).
なお本研究で使用した塞栓材料はMedtronic(USA)のOnyxシステムで,研究スポンサーもMedtronic社である.
ところで,米国の脳外科医が慢性硬膜下血腫の再発を防ぐことに執心するのはなぜだろうか? 日本で脳外科医として臨床現場に立っている身では,慢性硬膜下血腫の術後再発をあまり気にしたことはない.これは日本の大部分の施設では,慢性硬膜下血腫は局所麻酔下での穿孔洗浄術で治療しており,通常20-30分で終了するためかも知れない.再発時も,初回時の皮膚切開とバーホールを使用するのでさらに早い.しかもお安い!(K164-2:10,900点).米国のようにほぼ全例が全身麻酔下で,しかも約半数(本研究シリーズでも同様)で開頭手術を行い,術後管理をICUで御願いしなければならないのとは,再発に対する脳外科医の心理的負担が全く違うのであろう.日本で慢性硬膜下血腫に対して中硬膜動脈塞栓術を行うとしたら,やはりMandaiらが報告したように(文献8),ハイリスクで再発を繰り返す症例に限定されるような気がする.

執筆者: 

有田和徳

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