症候性慢性硬膜下血腫に対する標準治療(手術あるいは保存的治療)+中硬膜動脈塞栓術は有用か:米国のRCT(STEM試験)

公開日:

2024年12月14日  

Embolization of the Middle Meningeal Artery for Chronic Subdural Hematoma

Author:

Fiorella D  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Stony Brook Medicine, Stony Brook, NY, USA

⇒ PubMedで読む[PMID:39565980]

ジャーナル名:N Engl J Med.
発行年月:2024 Nov
巻数:
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【背景】

本STEM研究は,米国32センターで実施された症候性慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術のRCTである.対象は10 mm以上の厚みを有する症候性慢性硬膜下血腫310例.149例は中硬膜動脈塞栓術+標準治療(主治医の判断で手術か非手術的治療を実施)(塞栓群),161例は標準治療単独(対照群)にランダムに割り当てられた.塞栓術は,ランダム化後24時間以内に実施し,手術が選択された例では,手術前に行った.
実際には,塞栓群+非手術的標準治療は58例,塞栓術+手術的標準治療は91例,非手術的標準治療単独は63例,手術的標準治療単独は98例で実施された.塞栓には液状塞栓物質のSquid(Balt,USA)を用いた.

【結論】

①治療後180日目における血腫の再発か厚さ10 mm以上の残存,②180日以内の再手術か新規の手術,③180日以内の重篤な障害を残した脳卒中,心筋梗塞,神経因性の死亡のいずれか,からなる一次有効性アウトカムは,塞栓群16%,対照群36%で発生した(オッズ比0.36,p =.001).
一次安全性アウトカムである30日以内の重篤な障害を残した脳卒中か全死亡は,塞栓群,対照群ともに3%であった.
治療後180日までの死亡は塞栓群で8%,対照群で5%であり,神経因性死亡は塞栓群で1%,対照群で2%であった.
塞栓術と直接関係した死亡や重篤な障害を残すような脳血管障害の発生はなかった.

【評価】

人口の高齢化ならびに抗血栓剤服用患者の増加に伴って慢性硬膜下血腫の発症率は上昇を続けている(文献1,2).また,従来の血腫除去や非手術的治療後の再発率は5-50%と高いことが報告されている(文献2-5).慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術は,血腫壁における血管新生を抑制し,出血と炎症を低減することによって,硬膜下液貯留の減少をもたらす(文献6,7).慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術は,日本のMandaiらが再発を繰り返す症例に対して実施したのが初めての報告であるが(文献8),最近では,初期治療の一環として血腫除去手術と中硬膜動脈塞栓術を同時に行うケースが増えている(文献9,10).
本STEM研究は,米国32センターで実施されたRCTであるが,Squidシステムを用いた中硬膜動脈塞栓術は,障害を残すような脳卒中や死亡の増加を引き起こすことなく,標準治療(手術あるいは保存的治療)に比べて慢性硬膜下血腫に対する再発率を抑制することを明らかにしている.また,塞栓術による重篤な合併症はなかった.なお,有意ではないが,治療後180日までの死亡は塞栓群で8%,対照群で5%と,塞栓群でやや高かった.ただし,神経因性の死亡は塞栓群で少なかった(1% vs 2%).
著者らはこの結果をまとめて,中硬膜動脈塞栓術の追加は,障害を残すような脳卒中や死亡の増加を引き起こすことなく,標準治療(手術あるいは保存的治療)に比べて,慢性硬膜下血腫に対する治療の失敗率を低減させたとまとめている.
しかし,臨床現場にいる脳外科医が最も知りたいのは,血腫除去と同時に中硬膜動脈塞栓術を行う必要があるのかである.本STEM試験の対照群のうち,非手術例は42%に達する.血腫除去手術を行った189例だけに注目すると,一次有効性アウトカムは血腫除去治療単独群で23%,血腫除去治療+塞栓術では14%,オッズ比0.60(0.27-1.35)であり,有意差には至っていない.すなわち,このSTEM試験全体における中硬膜動脈塞栓術の有効性は,対照群の中の非手術例の多さによって支えられていると言っても過言ではない.臨床現場の疑問に応える試験計画にはなっていないようである.
NEJMは,2024年11月20日に,慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術に関して,本稿のSTEM試験を含む3個のRCT(STEM,EMBOLISE,MAGIC-MT)とレビューを同時に公開している.Onyxを塞栓材料として使用した米国のEMBOLISE試験では(文献11),一次有効性アウトカムの再手術の必要性は対照群と比較して治療群(塞栓術群)では有意に低く(相対リスク0.36),その有効性が示唆されている.しかし,塞栓術に伴う重篤な合併症が2%(4/197)に認められ,うち2例が後遺症状を残している.一方,やはりOnyxを使用した中国のMAGIC-MT(文献12)では,中硬膜動脈塞栓術群の方がバーホールドレナージ手術(78%)を主体とする通常治療群より症候性再発や進行はやや少なかったが(6.7% vs 9.9%),有意差はなかった(p =.10).このMAGIC-MT試験でも全症例の22%は手術治療を受けていない.
慢性硬膜下血腫に対する中硬膜動脈塞栓術については,血腫除去手術例のみを対照群として,中硬膜動脈塞栓術の補助療法としての有効性を検証する試験デザインで,今後,より多くの症例かつ長期の経過観察で,その有効性と安全性が証明される必要性がある.
それでも,軽いステップでの局麻下ドレナージに慣れた日本の脳外科医が,初回手術の段階から中硬膜動脈塞栓術を受け入れるかについては,大いに疑問がある.

執筆者: 

有田和徳

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