下垂体腺腫摘出術後の視交叉ヘルニアの程度と視機能の悪化は関係ない:視交叉固定術(chiasmapexy)危うし?

公開日:

2020年12月28日  

最終更新日:

2020年12月29日

Chiasmal herniation following treatment of pituitary macroadenoma

Author:

Tabak M  et al.

Affiliation:

Department of Ophthalmology, Leiden University Medical Center, Leiden, The Netherlands

⇒ PubMedで読む[PMID:33057947]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2020 Oct
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

トルコ鞍拡大を伴う下垂体腺腫の術後に生じるトルコ鞍空洞の中に視交叉が下降し(視交叉ヘルニア),徐々に視野欠損を来すことがある.ライデン大学のTabakらは,大型下垂体腺腫で,治療後長期(中央値11年以上)にわたる視機能評価が行われた48例を対象として視交叉ヘルニアスケールと視機能悪化の関係を求めた.内訳はグループ1:ヘルニアがあり,視機能悪化のためハンフリー視野の定量的評価(MD値)等で眼科で詳細にフォローされている12例,グループ2:ヘルニアがあるが眼科でのフォローを受けていない16例,グループ3:ヘルニアはないが腫瘍径と追跡期間がグループ1にマッチした症例20例.

【結論】

ヘルニアスケール=(内頸動脈C2上面から視交叉最下点までの距離)/(C2上面からC4下面までの距離)×100とした.3群とも治療(96%が手術)の後に視野の改善が得られた.また,3群ともその後長期の経過で緩徐な定量的視野(MD)の悪化が起こった.視野の経年的悪化は視交叉ヘルニアのある群とない群間で差はなく(p=0.143),ヘルニア後の視野欠損の進行にも差はなかった(p=0.297).治療からヘルニアの開始までの時間は中央値40ヵ月で,グループ1とグループ2の間で差はなかった(p=0.172).視野欠損の進行とヘルニアスケールには相関はなかった(p=0.729).

【評価】

トルコ鞍拡大を伴う大型の下垂体腺腫の術後に一旦改善した視機能が,腫瘍の再発がないにもかかわらず再び悪化する症例があり,その中には治療によって生じたトルコ鞍空洞の中に視交叉の陥入(ヘルニア)が認められるものがある(文献1,2).視交叉の陥入は視神経の伸張を引き起こすことによって視機能を悪化させるものと思われる(文献3).これに対して,トルコ鞍内をパッキングして下降した視交叉を挙上する視交叉固定術(chiasmapexy)が視機能の改善をもたらしたという数多くの事例が報告されてはいるが(文献1,2,3),否定的な報告もある(文献2,4).
本研究では,視交叉ヘルニアのある群ない群ともに視野は下垂体腺腫治療後に改善し,その後緩徐に悪化すること,悪化のスピードも両群間で差がないこと,ヘルニアスケールと悪化のスピードにも差がないことを明らかにした.著者らは以上の結果から,視交叉ヘルニアは視野の障害との関係はなさそうであると結論している.また,治療後に視野が悪化した眼の頻度は,視機能障害のため眼科で長期に経過観察されているグループ1での67%(24眼中16眼)は別格として,眼科で追跡されていなかったグループ2(ヘルニアあり)とグループ3(ヘルニアなし)では28%と27%と全く差がなかった.
これは何か.本研究によれば,大型の下垂体腺腫(本シリーズでは平均27 mm)では,その後の視交叉ヘルニアの出現と進行の有無に関わらず,視野は下垂体腺腫治療後に一旦大きく改善した後,少なくとも約3割では緩徐に悪化していることになっている.MD値は年齢を補正した値なので加齢による影響はなさそうである.治療前の視交叉への強い圧迫が長期におよぶ場合は,圧迫が解除されても視神経の変成と機能低下は徐々に進行して行くのか.今後,前向きに検討されるべき課題である.
一方,本研究結果と,これまでに視交叉ヘルニアに伴った視機能障害が視交叉固定術によって改善することが報告されている事実との乖離はどう解釈すべきなのか.視交叉固定術によっても視機能が改善していない症例が報告されないというパブリケーションバイアスは考慮されるべきであろう.著者等は,視交叉のヘルニア(変形-伸展)そのものではなく視交叉の限局的なtethering(牽引)も視機能障害を引き起こしている可能性を指摘している.
確かに,視交叉下面と下垂体(腫瘍被膜)上面の間には高磁場MRIでも描出できない無数のくも膜線維が存在しており,これが腫瘍被膜の下降によって,視交叉下面をtetheringして視神経の局所的な機能障害を引き起こしている可能性はある.そうすると視交叉固定術は視交叉ヘルニアの改善ではなく限局的なtetheringの解除によって視機能を回復させていることになり,手技的には視交叉の形状を元に戻す必要はなく,適度のトルコ鞍内パッキングでuntetheringを図れば視機能改善にとっては充分という事になるのかも知れない.こちらも今後検討されるべき課題である.
また,本研究では視野欠損の評価にMD値を用いているが,近年視野欠損の評価に導入されているVisual Field Index(VFI)ではどうなのか,日本は精密な視野検査機器が最も普及している国なので,是非前向き研究を行ってもらいたい.

執筆者: 

藤尾信吾   

監修者: 

有田和徳