“下垂体腺腫” は時の試練に耐え得るのか? PitNET問題に対するPituitary Societyのワークショップ(PANOMEN)の声明

公開日:

2021年4月26日  

Pituitary Neoplasm Nomenclature Workshop: Does Adenoma Stand the Test of Time?

Author:

Ho K  et al.

Affiliation:

The Garvan Institute of Medical Research, Sydney, Australia

⇒ PubMedで読む[PMID:33604494]

ジャーナル名:J Endocr Soc.
発行年月:2021 Feb
巻数:5(3)
開始ページ:bvaa205

【背景】

下垂体腺腫(Pituitary Adenoma)の中にはアグレッシブなものがあり,良性(WHO 1)の疾患概念にとどまらない多様性を示すので,腺腫ではなく下垂体部の神経内分泌腫瘍(NET,Neuroendocrine Tumor)という名称にすべきという提案が2016年のInternational Pituitary Pathology Clubで提案された(文献1).これに対しては強い抵抗があり,議論が続いている(文献2,3,4).2020年,米国下垂体学会はこの問題に対処するため関連各分野の48名のエキスパートからなるワークショップ(PANOMEN)を招集し,最近の知見の上に立って議論した.

【結論】

48名中79%がadenomaからpitNETへ名称を変更しないことを支持し,さらに58%は下垂体腺腫の一部を占める浸潤性腺腫をpitNETと呼ぶことも好まなかった.
その理由として,下垂体腺腫は疫学,臨床像,治療法,予後などにおいて他臓器のNETとは異なること,大部分は生命に影響を与えないことなどがあげられた.名称の変更は下垂体腺腫の予後予測などを含めた課題の解答にはならず,患者を含めた臨床の場に要らぬ混乱を引き起こすだけであろうとの意見が多くを占めた.
PANOMENは “adenoma” という名称の存続を支持する一方,新しいエビデンスが出現すれば再度この問題を議論することを推奨する.

【評価】

本論文のPANOMENはPituitary Neoplasm Nomenclature(下垂体新生物呼称)Workshopの略称で,世界の内分泌,脳外科,腫瘍学,病理学,基礎学者など48名の専門家からなる.結論として,このPANOMENは現段階では下垂体腺腫という呼称を維持することを提唱した.同時に下垂体新生物に関する新たなエビデンスが出れば,再度このようなワークショップを開催することを推奨している.彼らによれば,新たなエビデンスとは以下の2点である.すなわち①下垂体に本当のNETが出来ることの証明(会議では従来の報告に対して懐疑的な意見があった).②下垂体を含む内分泌細胞といわゆる神経内分泌細胞が概念的あるいは組織学的に別物であるという証拠(会議では,下垂体腺腫にも認められ,従来神経内分泌細胞のマーカーと言われていたシナプトフィジン,クロモグラニン,NSE,ソマトスタチンレセプターの真の神経内分泌細胞マーカーとしての特異性について疑問が呈せられた).
本ワークショップでは最近の下垂体腺腫の病理分類に関するもう一つの課題についても議論されている.それは,2017年に発行されたWHO内分泌腫瘍の分類(第4版)(文献5)では従来の異型下垂体腺腫(atypical adenoma)に代えて,再発しやすいハイリスク(アグレッシブ)腫瘍として,具体的に①増殖能の高い(核分裂像やKi-67高値,カットオフ値は設定していない)腫瘍,②MRIあるいは術中所見で浸潤性が認められる,③Sparsely granulated somatotroph adenoma,④Lactotroph adenoma in men,⑤Silent corticotroph adenoma,⑥Crooke cell adenoma,⑦Plurihormonal PIT-1 positive adenomaが挙げられている.これに対しては,病理所見を主体とした分類の中に②という全く異次元の(MRIや術中所見という)マーカーを採用することへの違和感が表明されてきたが,PANOMENでもこの点が議論の対象となったらしい.それは,「ハイリスクな下垂体腺腫の強固な病理学的なマーカーがない現状で,画像における浸潤所見を病理所見と併せて下垂体腺腫の分類に組み込んでよいか」という質問に表れている.この質問に対しては65%が賛意を示したという.
このPANOMEN報告をもって,PitNET問題が一定の決着をみたと考えるのは時期尚早のようで,PitNETの強力なadvocateであるトロントのAsa SLが,PANOMENに参加していないのは理解出来るが,PANOMEN参加者のうち欧州の3人の病理専門家(Chiara Villaら)も,共著者となることを拒否している.まだまだ熱い議論が続きそうである.

<コメント>
下垂体腺腫(adenoma)” は良性腫瘍(WHO 1)を指す呼称であり,腺腫が転移や髄腔内播種をきたした下垂体癌(WHO 4)との間にgrading systemはない.偶発腫も含めると下垂体腺腫の大多数は良性腫瘍だが,一方で症候例の中には周囲組織を破壊し浸潤性に増大するものが多いのも事実であり,下垂体癌以外を一括して良性腫瘍として良いのか,という問題提起からこの議論は始まった.現実的には欧米での保険の扱い(浸潤性の難治性腺腫も癌化しない限り良性と扱われる)も大きく関与している.
この問題に対して2016年International Pituitary Pathology Clubから “腺腫(adenoma)” ではなく “下垂体部神経内分泌腫瘍”(PitNET)への名称変更が提唱された.これに対しては賛否様々な意見があり現在にまで続く大論争となっている.
NETには大きさなどによるgradingがあり,良性から悪性までを含む疾患単位である.下垂体腺腫にもそのようなgrading systemが長年望まれてきたが,2017年のWHO分類で “異型性腺腫” は再現性がないことなどから削除されてしまった.現在,残念ながら腺腫のgradeを組織所見のみで決めることはできない.最近,Trouillasらが独自の腺腫grading systemを提唱したが,invasionというきわめて曖昧な表現(MRIあるいは組織?)を評価項目としており明確なgradingは困難な状況である.
Pituitary SocietyのワークショップPANOMENの声明は上記の通りであるが,Adenoma派とPitNET派,どちらの側にもそれなりの言い分はあるようだ.
AdenomaをPitNETにしてしまうのはかつて髄芽腫をPNETに入れようとした時と同様におかしいという意見,臨床の場に要らぬ混乱を引き起こすだけだとする意見は多く聞かれている.PitNET派も論争を静めるために,「これは名称の問題であって本質的な問題ではない」としたが論争が収まる気配はない.現在,英文雑誌編集部によっては “adenoma” でないとダメ, “PitNET” でないとダメなものがあり混乱は拡がっている.
今回のPANOMENに対して,2019年のIPPC(Istanbul)でのまとめ(PitNET側)が近日中にModern Pathology誌に掲載予定と聞いている.また現在WHO内分泌腫瘍の病理分類の改訂が進んでいるが,両派に対する妥協の結果, “PitNET/adenoma” という名称の扱いになる予定と聞いている.いずれにしても本邦では「腺腫」という名称が変わることはないようである.(西岡宏)

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

西岡宏、福岡秀規