非機能性下垂体腺腫の術後尿崩症のリスク因子は若年者と大きな腫瘍径とトルコ鞍内に存在するT1高信号:広島大学連続333例の解析

公開日:

2021年8月9日  

最終更新日:

2021年8月9日

Predictive factors of postoperative diabetes insipidus in 333 patients undergoing transsphenoidal surgery for non-functioning pituitary adenoma

Author:

Kinoshita Y  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:34283369]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2021 Jul
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

尿崩症は下垂体腺腫術後管理の重要な課題であるが,発生頻度は7.5~54.2%と報告によってかなり幅が広く,またそのリスク因子も詳細ではない.広島大学のKinoshitaらは経蝶形骨洞手術を行った自験の連続333例の非機能性下垂体腺腫を対象に術後尿崩症の臨床像とリスク因子を求めた.多尿,低比重尿,口渇の3つが認められ,ADH投与を要した状態を尿崩症と定義した.術前から尿崩症があった4例は対象から除外されている.手術前のMRIにおいてADH分泌顆粒を示すT1強調で高信号(以下,T1高信号)の位置を,鞍上部158例,鞍内146例,消失16例の3群に分けた.

【結論】

恒久的尿崩症2例(0.6%)を含めて尿崩症は73例(21.9%)で認められた.尿崩症出現患者のうち72.6%は手術後1日目,19.2%は2日目に発症し,87.7%は1週間以内に改善した.多変量解析では若い年齢(OR 0.97,p=.0037),大きな腫瘍径(mm)(OR 1.04,p=.0155),手術前のT1高信号の位置(p=.0133)が尿崩症の予測因子であった.T1高信号に関しては,消失群で尿崩症が最も多く(43.8%),鞍内群(26.0%),鞍上群(15.8%)と続いた.鞍上部T1高信号に対する鞍内T1高信号のORは2.17(p=.0141)であった.

【評価】

大きい腫瘍が術後尿崩症のリスク因子であるというのは容易に想像可能で,既に後葉に対するストレスがある状態で手術侵襲が加わることが原因であろう.極く最近もソウル大学から,腫瘍上下径は非機能性下垂体腺腫術後の尿崩症の予測因子であることが報告されている(文献1).
術前に尿崩症がある患者は対象から除外されているので,T1高信号(後葉高信号)が消失していたということは後葉内の神経分泌顆粒が枯渇しながらも症状を呈さない,いわば潜在性尿崩症であった可能性が高く,そのような後葉に対する手術操作はlast strawになった可能性はある.では,後葉が鞍内にあった症例の方が鞍上部にあった症例より術後尿崩症が生じやすいのは何故か.著者らは,鞍内の後葉は鞍背によって固定されているので機械的操作による傷害を受けやすく,さらに後葉が鞍内にある例では下垂体茎がより引き延ばされ,時には鞍隔膜裂孔部で圧迫されているので傷害を受けやすいためと推測している.
若年者が術後に尿崩症に陥りやすいという報告は既にいくつかあるが(文献2,3,4),これは何故か.若い患者では機能性腺腫が多いので,根治性が追求される結果,後葉により大きな手術侵襲が加わるのであろうという推測もなされているが(文献4),本研究は非機能性下垂体腺腫のみが対象であるので,これは当てはまらない.高齢者の方がADHの血中濃度が高く,浸透圧の単位上昇当たりのADH分泌量は多いことが知られているが,これは高齢者ではADHに対する腎臓の感受性が低下しているのと脳内浸透圧受容器-ADH分泌機構の機能が低下しているためであると考えられている(文献5,6).言い換えると若年者では,高齢者に比較してより少量のADHがより精妙に分泌されていると言うことが出来る.このため,若年者ではADH分泌の僅かな低下が尿崩症を惹起してしまうのであろうというのが著者らの推論である.
今回の発見は,今後ADHの測定を含む前向き研究で検証する必要性がある.また,出来ればリスクファクターをスコア化して,的確な尿崩症予測につなげていただきたい.

<コメント>
本研究では上記の様に非機能性下垂体腺腫に対する経蝶形骨洞手術(TSS)後の尿崩症発生を予測する因子を検討するとともに,尿崩症の発生頻度と時期,継続期間のベンチマークともなるようなデータを示すことも目的とした.TSS後の尿崩症は術後1~2日目に出現し,通常,数日で軽快することは経験的によく知られている.一方,退院時まで尿崩症が後遺する場合もあり,術者としては少々不安になることもある.本研究では尿崩症を合併した患者さんの1割強は1週間以上継続したが,ほとんどの症例で軽快していた.尿崩症が後遺した2例のうち,1例は腫瘍径が6 cmをこえる巨大腺腫で,術者としては手術による尿崩症後遺もやむを得なかったと考えている.つまり,退院時に継続している尿崩症も通常は軽快するので,その旨を患者さんに自信をもって説明できるようになった.本研究ではどのような症例で尿崩症が長く継続するのかも明らかにしたかったが,症例数が少なく有意な特徴を見つけることができなかった.今後の課題として残されている.本論文が読者の先生方の今後の診療に少しでもお役に立つことができれば幸いである.
(広島大学脳神経外科 木下康之)

執筆者: 

有田和徳   

監修者: 

木下康之