腺腫が接している海綿静脈洞内側壁も除去すれば機能性下垂体腺腫の治癒率は向上する

公開日:

2022年9月30日  

最終更新日:

2023年5月11日

Resection of the Cavernous Sinus Medial Wall Improves Remission Rate in Functioning Pituitary Tumors: Retrospective Analysis of 248 Consecutive Cases

Author:

Ishida A  et al.

Affiliation:

Department of Neurosurgery, Moriyama Memorial Hospital, Tokyo, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:36001781]

ジャーナル名:Neurosurgery.
発行年月:2022 Aug
巻数:Online ahead of print.
開始ページ:

【背景】

下垂体腺腫では,術中観察で見えないくらい微小な硬膜への腺腫浸潤が,病理学的に観察されることは良く知られている(文献1~4).
森山記念病院のIshidaらは機能性腺腫に対してこのことを意識した手術を行っている.本稿は,過去約4年間に内視鏡下経蝶形骨洞手術を行ったGH産生腺腫134例,ACTH産生腺腫70例などの機能性腺腫248症例における手術成績の解析である.
術中観察に基づいて,対象は,グループA:腺腫が海綿静脈洞内側壁に接していない92例,グループB:腺腫が海綿静脈洞内側壁に接しており微小浸潤の可能性が否定出来ない102例,グループC:腺腫の海綿静脈洞内浸潤が明瞭な55例の3群に分類された.

【結論】

トルコ鞍内・鞍上部腫瘍を摘出後,グループAでは海綿静脈洞内側壁は温存した.グループBでは海綿静脈洞内側壁を除去した.グループCでは海綿静脈洞内腫瘍を可及的に除去した.
グループBのうち79例で海綿静脈洞内側壁の病理像が得られた.そのうち57%で内側壁への腺腫浸潤が確認できた.
術後の内分泌学的寛解率はグループCに比して,グループAは高かったが(86.8 vs 25.5%),グループBも同様に高く(94.1 vs 25.5%),いずれもp<.001であった.
結語:術中所見で明らかな海綿静脈への浸潤はないが,腺腫が海綿静脈洞内側壁に接している腺腫では海綿静脈洞内側壁の除去によって寛解率は向上する.

【評価】

本研究の第1のポイントは,手術中の観察で,機能性下垂体腺腫が海綿静脈洞内側壁に接してはいるが,明らかな海綿静脈洞内浸潤がない腺腫(グループB)においても,病理学的には57%という頻度で腺腫の海綿静脈洞内側壁への浸潤が認められたという点である.第2のポイントは,そのような腺腫(グループB)は機能性下垂体腺腫全体の約40%を占めているので,その約半数すなわち機能性下垂体腺腫の約20%は,海綿静脈洞内側壁を除去しなければ腺腫が残存してしまい,内分泌学的寛解が達成できなかったであろうということである.また,そのような腺腫(グループB)で海綿静脈洞内側壁を放置した場合は,手術後,一時的に寛解に入っても,おそらく長期的には再発が避けられないということになる.
本稿は,世界の下垂体外科医にとって極めて重要な視点を提示しており,他施設でも追試されるべきであろう.一方,海綿静脈洞内浸潤が明らかなグループCでも,残存腺腫は内頚動脈の外側のみならず,海綿静脈洞内側壁内にもあるかも知れないので,これを摘出するという選択肢があるかも知れない.
問題は,そのようなアグレッシブな手術に伴うリスクであるが,本シリーズでは,海綿静脈洞内浸潤が明らかなグループCの55例中5例で一過性の外転神経麻痺が出ている.しかし,グループBの102例の海綿静脈洞内側壁摘出に伴う合併症は生じていない.最も懸念される内頚動脈損傷も再発ACTH産生腺腫の1例で生じたのみで,この例は血管内治療での内頚動脈閉塞を要したが梗塞症状は出なかった.術中の海綿静脈洞からの出血はGelfoamでコントロール可能で,1例のみで輸血を要したという.
この低い合併症率は,海綿静脈洞内側壁あるいは海綿静脈洞内での操作が,本研究チームの最シニア・メンバー(S.Y.)によって行われていることで維持されているのであろう.やはり,過去に数千という経蝶形骨洞手術の経験がなければ,あだおろそかに手をだすべき手技ではないのかも知れない.そのことが本稿で触れられていないのは,少し気にはなる.
また,本シリーズにはプロラクチン産生腺腫35例が含まれており,そのうち10例がグループBに属し,海綿静脈洞内側壁の摘出を受けている.本文中に,手術の対象となったプロラクチン産生腺腫患者は薬物不耐容と患者の希望と記載されているが,プロラクチン産生腺腫に対する手術適用の判断は,著者らのグループ内にいるような優れた下垂体内科医との充分な議論の上で決定されるべきであることは言を俟たない.

<著者コメント>
機能性下垂体腫瘍における手術の目的は術後内分泌的寛解が得られ,それが維持されることである.そのためには腫瘍細胞を一個たりとも残さないような意識で手術に臨むことが重要である.海綿静脈洞(CS)浸潤(CSI)が,機能性下垂体腫瘍の予後不良因子であることは衆目の一致するところである.われわれの検討でも,あきらかにCSIをみとめる症例(group C)では最大限の切除を目指しても,術後の寛解率は25.5%と低値であった.我々が今回注目したのは,明かなCSIはないが,腫瘍がCS内側壁に接している症例である.そしてこれらの症例(group B)には全例内側壁の切除とCSの開放,内部の観察を行ってきた.CS内側壁の切除,CSの開放については初稿で,「この手技は重篤なリスクを伴う可能性が高いため,Expertによってのみ施行されるべき」と書いたが,査読者から『きちんと解剖を理解し,経験を積めば決して危険な手術ではない』との変更を求められた.しかしながら,本操作は,内頚動脈損傷など重篤な合併症が危惧され,実際にはsenior author(S. Y.)が全例行っているのが実情である.重要なことは本操作を施行することで,少なくとも57%の症例で,施行されなければ得られなかったであろう寛解が得られたということである.また,通常CSIがないと考えられてきたKnosp0,1の症例でもそれぞれ43%,65%で海綿静脈洞内側壁への腺腫浸潤が見られたことも非常に重要な発見であると考えられた.なお,余談であるが下垂体腺腫の病理診断名の名称変更(pit-NET)が近年話題になる中,本論文でもadenomaではなくfunctioning pituitary tumor(FPT)に統一して表記した.(森山記念病院脳神経外科 石田敦士、山田正三)

執筆者: 

有田和徳