「Diabetes Insipidus」という病名はやめよう,世界の関連8学会からの提案: AVP-D,AVP-R へ

公開日:

2022年12月19日  

最終更新日:

2022年12月30日

Changing the name of diabetes insipidus

Author:

Arima H  et al.

Affiliation:

Department of Endocrinology and Diabetes, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan

⇒ PubMedで読む[PMID:36334185]

ジャーナル名:Pituitary.
発行年月:2022 Dec
巻数:25(6)
開始ページ:777

【背景】

「名前が何だって言うの,バラはどんな名前だって甘い香りを放つのよ」(ジュリエット).
しかし,病名には現実的意味が含まれ,その使用による影響が発生する.したがって,病態生理学の発展により,病気の本質が明瞭になれば,古い理解に基づいて付けられた病名を変更する合理性はあるはずである.
尿崩症(diabetes insipidus)はどうか.本稿は日本や欧州内分泌学会など世界の内分泌・下垂体関連8学会の代表者らからなるワーキングGの提案である.
そもそもdiabetesとはサイフォンのように大量の尿が流れ出る病気という意味のギリシア語で2世紀頃に名付けられた(文献1).その後,diabetesのうち尿が甘いものに対しては17世紀にmellitusというラテン語の形容詞が付けられたが,ドイツのFrank JPは1794年に尿が甘くないものに対して無味(insipidus)と形容詞をつけ,diabetes insipidus(DI)という病名が登場した(文献2).

【結論】

しかし,糖尿病とは全く異なる病態に同じdiabetesという語を用いることによって,DIに対する誤解が生じ,患者に不利益がもたらされている(文献3).また,患者の多くも,医療者側のDIと糖尿病との混同によって受けた不利益などの経験から病名変更を希望している(文献4).そして,何よりも病名は病態生理に基づいて名付けられなければならないはずである.
現在,DIはアルギニン・バゾプレッシン(AVP)の分泌障害と標的臓器(腎)における作用の障害によって生じることが明らかになっている.
これらの理由から,本ワーキングGは中枢性機序によるDIをAVP-D(欠損症),腎性のDIをAVP-R(抵抗症)と呼ぶ事を提案する.

【評価】

英語圏を含む世界の多くの国では,糖尿病はdiabetes mellitus,尿崩症はdiabetes insipidusと,自国語に変換することなく,ギリシア語のdiabetesにラテン語のmellitusあるいはinsipidusを続けて呼んでいる.ただし一般の市民にとってdiabetesという言葉は糖尿病と同義である.このワーキングGは,多尿という症状はあるものの,糖尿病とは全く異なる病態生理を有する尿崩症をdiabetesプラスの病名で呼ぶことが,患者のみならず医療者にも誤解と混乱をもたらしていると指摘している.さらには,患者の大きな不利益にもつながっている.加えて,疾患は病態生理に基づいて名付けられるべきであるという原則論に基づいて,中枢性尿崩症にはAVP-D,腎性尿崩症にはAVP-Rという新たな病名を提案しているのである.本来ならば,AVP-DよりもADH欠損症(ADH-D)としたいところだが,ADHD(attention-deficit/hyperactivity disorder)の病名が既にあるため,AVP-Dになったようだ.
そうでしょうねと,良く納得出来る提案であり,反論の余地はない.
ただし日本では,糖尿病,尿崩症とも,尿,糖,崩といった,容易に直感出来る表意性が強い文字が使われているためか,現場が混乱しているという話はあまり聞かない.
ちなみに,日本語の「尿崩」の語は,オランダ人ゴルテルの内科書に記載されたPisvloed(Urinae Profluvium, Diabetes)を津山藩医宇田川玄随が『西説内科撰要』(1792年)に翻訳した時にpis=尿,vloed(flood)=洪水から「尿崩」と訳したことに始まる(文献5).ただしDiabetesは訳さずに付記した.この場合の「尿崩」は文字通り排尿コントロールが崩れたように尿が排泄されるという意味で,今日の糖尿病と尿崩症の両者を含んでいる.
糖尿病という語が日本で初めて記載されたのは,1876年の石塚左玄による『検尿必携』で(文献5),それ以前は消渇,蜜尿病,甘血,糖血病,葡萄糖尿などの病名が使用されていたようである.1907年には第4回日本内科学会講演会後に「糖尿病」に統一されたとのことである.中国でも糖尿病の病名は正式な病名として広く使用されている.
一方,「尿崩」のうち甘くない方の「尿崩」を意味する尿崩症の用語が初めて登場したのは,糖尿病より遅れること約30年,1904年の神経学雑誌に掲載された「尿崩症ノ数例」というタイトルらしい(文献6).このようにdiabetes insipidusという呼称は300年以上,日本語の尿崩症という呼称も100年以上の長い歴史を有しており,名称変更が広く受け入れられるまでには多少の時間がかかりそうである.また,日本の場合,“非”医療者にとっては尿崩症の方が判りやすいことは事実であろう.
本稿を読んで連想するのは,下垂体腺腫を下垂体部の神経内分泌腫瘍(PitNET)という名称にすべきという提案が2016年の第14回国際下垂体病理クラブ(IPPC)でなされて以来(文献7),ホットな議論が続けられてきたことである.最新のWHO内分泌腫瘍(第5版,2022年)では,既に「従来の下垂体腺腫は今やPitNETに分類される」と明記されているが(文献8),現在でも主要な学会誌に掲載された論文のタイトルではpituitary adenomaの方が圧倒的に多い.大雑把に分けると,病理医はPitNET派,内分泌内科医や脳外科医はadenoma派が多いようであり,2022年の段階では,PitNETは容易に臨床現場に受け入れられそうにはない.

<コメント>
Diabetesはギリシア語でサイホンを意味し,Demetrius of Apameia (紀元前1-2世紀)やAraetus of Cappadocia (81-138 AD)が多尿をdiabetesと表現したとされる.18世紀の終わりにラテン語で“甘い“を意味するmellitus,”無味“を意味するinsipidusがdiabetesに付記されて,diabetes mellitusとdiabetes insipidusの二つの名称が確立された.一方で,diabetes insipidusの患者の多くがdiabetes insipidus をdiabetes mellitusと混同された経験を有し,diabetes insipidusの名称を変更することを希望していることが2022年に報告された(文献4) .
これを受けてdiabetes insipidusの病名変更を検討するworking groupが結成された.そして2022年10月にcranial diabetes insipidusはAVP-Deficiencyに,nephrogenic diabetes insipidusはAVP-Resistanceに変更をすることが提唱された(文献9) .ただし混乱を避けるため,AVP-Deficiency (cranial diabetes insipidus) ,AVP-Resistance (nephrogenic diabetes insipidus)と,しばらくは病名を併記することも同groupは合わせて推奨している(文献9) .(名古屋大学糖尿病・内分泌内科学 有馬寛)

執筆者: 

有田和徳,   

監修者: 

西岡宏